ネットのニュースでも、歌手の大黒摩季さんの離婚の話題に注目されていました。
闘病、そして、不妊治療の苦悩、その上でも離婚と言う前向きと言う生き方、人それぞれ考え方はあっても、いいと思います。
ただ、夫婦と言う形と、子供を加えた家族と言う形、なかなか思うように行かないのが、人の人生です。
不妊治療して、運よく子供授かった方も居られれば、授からなかった夫婦も居られます。
子供と言う家族スタイルに、思いをはせる分だけ、いろいろと苦悩がそこにも存在します。
子供が居ない夫婦と言う家族のスタイルも、なかなか分かっていながら、受けイケられないことも多いです。
難しいテーマだけに、他人が口を挟めむことは、控えたいですが、夫婦の形態や子供と言う存在をどう受けて止める事なのかは、一般論として考えさせられるテーマです。
我が家は、運よく晩婚であったけれど、子供が授かったです。
私49歳、嫁42歳、1ヶ月もせずに43歳でした。
式を挙げた日から暮し始めて、3ヶ月ほどで子供が授かりました。
私も嫁も初婚で、嫁は初産という事を踏まえると、高確率での妊娠出産です。
ラッキーだと言われれば、それだけかもしれませんが、偶然のラッキーではないのです。
子供が授かると言うのは、生物的な医学的な見地から、受精卵になって、生命が誕生するだけではないだと思います。
不妊治療に関しては、まず受精卵が、着床しない事が多いと聞きます。
何故か、それは受精卵に、魂の結着がないからでしょう。
人としての生命体である以上、魂の結着が必要だと思っています。
魂のない受精卵は、人間の肉体して成長するのに、限界があるように感じます。
人してこの世に生を受けるには、人間の魂が、肉体に備わっていないと、人として世に生を受けないでしょう。
仏教的立場から言えば、そこに仏様の介入があると信じています。
法華経の中には、観音経と言われる一品があります。
子供が欲しいと思って、観音様に念じれば、子供が授かると言う所ですね。
男の子が欲しいと思えば、男の子が授かり、女の子が欲しいと念ずれば、女の子が授かると言う一節が有名です。
仏教徒としては、人との誕生に、観音様の関与が窺えます。
不妊治療でも、それは同じで、夫婦して子供が欲しいと念ずれば、子供が授かるはずです。
ただ、欲しいと思う気持ちはあっても、それが観音様に通じるかどうかでしょう。
どこぞの宗教団体に入信しないと言うのではありません。
どこぞのお寺にお布施しないと言うのではありません。
特別な費用は、要りません。
だれでも、簡単にできるはずですよ。
夫婦して、観音様をいつも近くに居られる存在として、生活の中でその存在を身近に感じる暮しを送ると言う事だけです。
観音経の奇蹟を身近に感じる暮しをすれば、もしかしたら、願いが通じると思います。
迷信と言う莫れです。
観音様は、人生のいろんな難から救って下さいます。
それを一つ一つ目の前で、その奇蹟を体得出来たら、迷信だとは思わないはずです。
観音様の名を一心に念じれば、救いの手を出して、救って下さいます。
私たち夫婦にも、いろいろな悪条件が重なりました。
まずは、晩婚であったこと、高齢出産であったこと、嫁に持病があったこと、夫婦間で子供が授かり難い状況にあったこと、これらを踏まえて、一緒に暮らし始めて、3か月ほどで子供が授かったと聞けば、やはり、観音様のご縁があったと言う以外に、答えが見つかりません。
嫁曰く、妊娠の兆候があった時、私は、「妊娠でしょう」と言えば、嫁は、「そんなことはない」と答える始末です。
私の方が、観音様を信心する気持が強いですから、私にとっては私の希望も聞いて下さったと、ごく自然の受け止めです。
確から、産婦人科の部長先生も、40歳を超えた夫婦が、長い間不妊治療の末に、子供が授かったと勝手に思われていたようで、「今年の2月に結婚しました」と聞くや否か、アズスンアズのタイミングで、答えに困られて、「相性が良かったんだね」と答えを探すのに、困られていた次第です。
難しい事は分かりませんが、今不妊治療で行き詰っておられる方は、その治療を続ける上で、観音様のお縋りされてはどうでしょう。
追加の金銭も、お布施も要りません。
一心に観音様の名を唱えて、その観音様を身近に感じる暮しをされると、願いを聞いて下さるかも知れません。
そう思われるだけでも、気持が楽になります。
子供が授からないのは、あなただけに責任はありませんし、あなたが悪いわけではありません。
夫婦して、観音様とご縁が、薄かったり、なかったからだけですよ。
騙されたと思って行っても、不利益はありません。
観音様の存在を身近に感じる暮しは、日々の暮らしを豊かにして下さいます。
今あることに、感謝出来ると思いますよ。
案ずるより産むが易しです。
日々の暮らしと言えば、何もないように感じますが、何もない普通の暮しにこそ、真実の幸せが隠れています。
嫁と子供との3人暮し、人様から見れば、特別な見える形の幸せは、ないかもしれませんが、私は幸せを感じています。
子供のやることに、大声を出して怒ることも多いです。
もちろん、イライラすることも多いです。
でも、親子3人して、食事をさせて貰ったり、娘と風呂に入ったり、親子3人川の字になって寝る時も、子供の存在に癒されます。
子供は、やはりありがたい存在です。
今では、子供の居ない暮らしは、考えられません。
やはり、観音様に感謝しています。
あまり、難しい事を考え過ぎず、あるがままに、観音様に身を任せて暮すのも、ありだと思います。
この記事を見て、運よく子供が授かったら、コメントでも頂ければ、日々の暮らしの中で、励みになります。
話変わって、励みと言えば、日々の食事です。
夕飯の用意は、主婦にとっては悩みの種かもしれません。
我が家の夕飯は、この主夫の私がやります。
私にとっては、夕飯の用意は、冷蔵庫との相談して決めます。
その一つが、週一の関東煮(おでん)です。
もちろん、関東煮の日の夕飯のおかずは、刺身が添えられることが多いです。
4歳児ゆうゆうが、スーパーの買い物の途中で、カツオのたたきが食べたいととか、鮪の刺身が食べたいとか、言います。
焼き魚の時もあります。
こちらは、スーパーの魚と相談です。
その日のいいものを、添えるようにしています。
この日は、私の晩酌は、熱燗のお酒になります。
熱燗と刺身や関東煮(おでん)なら、いい塩梅です。
4歳児ゆうゆうも、関東煮の玉子、豆腐、大根が好きですね。
もくもく食べてくれます。
基本我が家は、子供向けの食事メニューではなく、大人向けの食事メニューです。
その分、味付けは子供に合わせて、味は薄い目にしてています。
子供が出来てから、いえいえ、嫁と暮し始めてから、家呑み派になっています。
家でゆっくりと呑むのがいいですね。
呑んで動くのが、嫌なんです。
家呑みに向いています。
関東煮なら、いろいろな具材を楽しめます。
いろんなものが入ります。
私の好きな具は、いろいろありますが、じゃがいもが好きです。
今回は入っています。
厚揚げも豆腐も好きです。
私の口に合うように、味を付けています。
この寒い時期は、味のしゅんだ大根も美味いです。
大根だけは、2日掛けて煮ています。
その手間暇の分だけ、娘が「おぃしい」って言ってくれます。
その言葉が、励みになっています。
ありがたいです。
とりあえず、寒い時は、週一で関東煮と決めれば、夕飯の献立は楽になります。
後のメインは、鍋が2~3日、娘の好きな焼き鳥が1日、関東煮は2日はイケます。
あとは、スーパーとの相談です。
副菜に、ポテサラ、スパサラ、ハムサラなどのサラダ類、切干大根やヒジキ煮、酢の物などの小鉢類となれば、根菜類の煮物も副菜になりますからね。
鍋物以外では、味噌汁も作ります。
一汁二菜以上なら、夕飯の態は保てます。
それでも、関東煮や鍋は、おかずにも晩酌の肴にもいいですね。
娘が喜んでくれたらそれでいいです。
娘曰く、「つるつる」の麺類のリクエストも多いので、鍋なら麺追加できますからね。
ありがたいところです。
日々のささやかな暮しの中に、幸せを感じています。
ありがたいと手を合わせます。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。