朝からいい天気です。
今朝も少し冷えました。
4時過ぎに目が覚めましたね。
横に寝ている5歳児ゆうゆうも、嫁の布団に潜り込んでいます。
さっきまで、私の布団近くにいたと思って居たのに、父の存在は薄いです。
確か私の頭をくっつけて寝ていました。
ふと目が覚めて、私にも娘が居ると再確認することがよくあります。
現実の虚と実の狭間に居るような気がすることがよくあります。
目が覚めたら、あの伏見の長屋で寝ているかのような気分の時もありますからね。
娘の存在を特別に捉えて、今ある幸せを観音様に手を合わせて感謝することも多いです。
私の少し数奇な人生です。
49歳で嫁と一緒に暮らし始めて、すぐに子供が授かって、人並みの親に成れたのは、ささやかながら幸せを噛みしめます。
子供の存在は大きいです。
独身の暮らし、子供のいない暮らしも、悪くはないです。
私も49歳まで独身でしたから、その気持ちはよくわかります。
ただ、今では子供のいない生活を想像することは出来ません。
それだけ、今の暮らしに馴染んでいます。
子供が居なければ、この年にして保育園に行くこともありませんでした。
いろいろと子供が生活の中心にいる暮らしも、人の暮らしです。
ありがたいと観音様に手を合わせます。
寝ていて、ふと目が覚めて、横に子供が寝ていた時は、更にそれを強く感じます。
週末、目が覚めて、横を見ると娘が居ません。
台所に行っていたみたいでした。
何か嫁が朝から作業していました。
なるほど、弁当作りです。
保育園に持って行く弁当の予行演習をしていました。
トトロのキャラ弁みたいです。
微妙なところもありますが、娘はメイちゃんの弁当と言わんばかりで、喜んでいます。
もちろん、この日のランチは、娘はこのキャラ弁でした。
美味しいと言いながら、一気に食べていましたね。
気分はメイちゃんの心との出会いのシーンをイメージしていたみたいです。
最近、いろいろといろんなことに興味が移っています。
子供ですから、それでいいんです。
私が悪いことも教えています。
料理をしていて、まねっこをしますね。
庖丁の使い方とか、鍋の中がみたいとか、いろいろ近寄ってきます。
危なくない程度なら、問題はありません。
食は、生きることの象徴です。
食に興味があるのは、いいことだと思います。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。