昨日は、我が家の記念日でした。
始めて、嫁と出会った日です。
それも、かれこれ、11年前の話です。
嫁とは、ブログで知り合ったので、私たち夫婦は、俗にいう「ブログ婚」という奴です。
何とも変な所に、ご縁があって、5年程付き合って、夫婦になって、子供授かって、早5年が過ぎました。
その意味では、我が家の今の折り返し点です。
それを祝って、朝から嫁が赤飯を炊きました。
アサヒ軽金属の圧力鍋があっての出来る業です。
一年を通じて、何度か赤飯を炊いてくれます。
朝から熱々の赤飯の朝ごはんです。
三連休の朝も、雑炊が多かったです。
その前日は、その前日の夜ごはんが、牡蠣鍋でしたので、翌朝は牡蠣雑炊でした。
朝から玉子を溶き入れた牡蠣雑炊は、寒い連休の朝のご馳走です。
残っていた餅も、雑炊に入れましたね。
その前日も、夕ごはんを常夜鍋にして、翌朝は雑炊にしました。
こちらも、残っていた餅を雑炊に入れました。
餅入りの雑炊も、なかなか美味いです。
鍋の〆に麺を入れることもよくやりますが、翌朝にも麺を入れた朝ごはんにすることも多いです。
もちろん、手間の掛けられるのは、週末か連休に決まっています。
子供も雑炊はよく食べてくれます。
それに、〆の麺もよく食べてくれます。
鉄板の食事になります。
晩婚の夫婦に、子供が居てくれてありがたいです。
先日、新聞のテレビ欄を見ていて、桂文治さんの「ラーメン屋」の落語があったのを、紙面で見つけました。
確か屋台のラーメン屋の老夫婦と無銭飲食未遂の若者の話だったと記憶しています。
老夫婦には、子供がなかった。
一緒になって40年経った子供に恵まれなかった夫婦の心理を赤裸々に面白おかしくデフォルメした噺ですね。
私たち夫婦も、そうなっていた可能性もあります。
私49歳、嫁42歳、1ヶ月経たずに43歳になるという晩婚夫婦の結婚生活のスタートです。
2月から暮らし始めて、7月には産婦人科に診察を受けて、子供が授かったのが、確かになりました。
そうそう、こんな現代社会ですから、妊娠検査薬で妊娠は知っていましたが、いざ産婦人科に診察となって、より現実的になって、あわてんぼうの娘が、予定日より2ヶ月早く生を受けて出て来ました。
ただ、その後4ヶ月NICUとGCUのお世話になった次第です。
結婚式をした、1年後の前日に、我が家の所に帰って来てくれました。
最初の結婚記念日は、家族3人で無事迎えることが出来た次第です。
運が良かったというのか、やはり、観音様の信心の賜物です。
観音様のお力がなければ、今も夫婦2人の生活だったかもしれません。
法華経の中に、子供が欲しいと思えば、観音様に念じれば、子供を授かるとあります。
それも、男の子を欲しいと念ずれば、男の子が、女の子が欲しいと念ずれば、女の子が授かると言うお力があるとあります。
迷信と言う莫れ。
迷信ではありません。
偶然が続けば、それはまさに必然です。
観音様に、七難から救って下さるという事を、日々の暮らし中で、何度も体感しております。
真実です。
信じる者は救われます。
11年経っても、観音様の存在を身近に感じた暮らしをさせて貰っています。
雨が降りそうになったら、娘に「観音様にお願いして」って言うと、娘が手を合わせて、「観音さま、観音さま」とその名を唱えてくれます。
娘は、観音様と縁があるんです。
生まれた時800グラム未満の超未熟児でが、しっかりと身長33センチと観音様の天の証明が刻まれていました。
ありがたい仏縁です。
今日から、12年目に突入します。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。