''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

丈母愛用の我が家の河内守国助 より。 

お題「ささやかな幸せ」

大阪住まいしています。 

大阪と言うのもいろいろあります。 

昔の国名で言うなら、広い意味で、摂津河内和泉辺りを差すことになります。 

その中でも私の住まいする地域はこの区分では河内になりますね。 

盆踊りの「河内音頭」と言う言葉もあります。 

 

江戸時代でも、江戸と京、大坂と主要な都市でもありましたが、ある意味刀の名工を輩出した場所でもあります。 

特に江戸時代は、武士の時代と同時に、大坂では商人の時代です。 

刀と言えば武士の特権階級の持つ持ち物です。 

同時に、武士ではないが、地域の権力者に名字帯刀を許された時代です。 

 

でも、刀も、二尺を超えるのが刀であって、武士以外の身分の者でも、二尺未満の脇差しは持つことが許されていました。 

旅などの護身用に携帯を許されていたのです。 

大坂の商人は、立派な脇差しを所持していたのです。 

その為に、大坂には刀鍛冶の名工を排出しています。 

 

大坂刀工の第一級言えば井上眞改、津田越前守助廣、河内守国助、初代和泉守國貞、そぼろ助廣、辺りで間違いはないはずです。 

贅を尽くした名工の作った脇差しの需要が高かったことにより大坂刀工の技量も高いモノが出来たはずです。 

 

その一角の河内守国助と言えば、小林と言う姓であり、今もその子孫はお店が残っています。 

今の需要から言えば、庖丁などの大坂の刃物ですね。 

そのお店が、今も石切神社の参道に店を構えています。 

提示で、刀もあります。 

特に、河内守国助と言えば、鬼平犯科帳の主人公・長谷川平蔵の愛刀にあるのが、それは二代目の国助、俗に「中河内守国助」と呼ばれます。 

 

没年数は元禄11年8月とありますが、享年は記されていませんが、慶安元年(1648年)の作があると言いますので、高齢だったと予測されるようです。 

『新・日本名刀100選』(佐藤寒山著 秋田書店)のNo.92の重要刀剣に「中河内守国助」の刀が入っている。 

我が家にも、丈母愛用に河内守国助の銘のある和鋏があります。 

もちろん、よく切れる和鋏です。 

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子供の鉢巻を縫ってやりました。 

絵の字の方は、嫁が描いています。 

運動会に使う用です。 

 

悪い縁も斬れそうです。 

白く光る鋏を見ると、何か引き込まれそうです。 

鋏ですから、そうですから、日本刀は特別です。 

ふっとその世界に吸い込まれそうになりますね。 

 

井上眞改、津田越前守助廣、河内守国助、初代和泉守國貞、などの名刀も見ましたが、やはり、名刀工の作る刀は凄いですね。 

刀身だけでなく、拵も凄いですからね。 

悪人も叩き切って貰いたいです。 

もうすぐ選挙です。 

 

私利私欲だけの政治屋には、退場して頂くいい機会です。 

もちろん、選挙には毎回行く派です。 

国民の権利です。 

投票したい人が居なければ、投票率だけでも挙げて貰いたので、白票でも国民の意志を表明できます。 

選挙に放棄するのは、ある意味、恥ずべき行為、卑怯な行為ですよ。 

 

日本の国益を阻害するスパイ政治屋の思う壺です。 

自分の意思を表明すれば、その後も自分の一票の行方を気にして暮らせますよ。 

 

親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。               

ありがたいことです。             

             

ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。               

ありがたいことです。               

               

日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。               

神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。               

ありがたいと感謝です。               

 

河内守国助の「く」               

 

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