毎年9月に岳父の命日がやって来ます。
9月は、岳父の誕生月でもあります。
早くも6年過ぎたので、7回忌と言う事になりますね。
娘も今年で7つになります。
平穏に見守って下さっていることに感謝です。
お供えの和菓子と一緒に、嫁がお薄を点ててくれました。
菓子の方は、千鳥宗家の大納言清澄です。
普通のと抹茶の2種類を用意です。
いつものように、平穏無事を祈って、南天の茶碗で一服頂きました。
難を転じるとの南天のゲン担ぎです。
ダジャレと言えば、それまですが、言葉、つまり、言の葉には、魂が籠ります。
難を転じるという言葉に、その魂が籠ります。
私も一服頂きますが、6歳児ゆうゆうにも、同じように一服のお薄が用意されます。
使うのは、丈母由来の小ぶりの平茶碗です。
もう夏が終わるので、平茶碗の名残の一服です。
夏の名残と言えば、岳父由来の漁夫の平茶碗です。
こちらも、今年最後の終いの一服です。
禅の言葉、禅語の「漁夫生涯竹一竿」は深い言葉です。
岳父と丈母は、アユ釣りが趣味でしたので、この茶碗は岳父の命日に使い終わることが多いです。
家族3人して、お薄を頂きました。
6歳児のゆうゆうは、何度もお薄を頂いていますので、苦いとは言いません。
そうした味のモノだと認知しています。
同時に、お菓子も食べられることを知っています。
千鳥の本千鳥は、大好物です。
袋を見るなり、「本千鳥」だと言います。
もちろん、本千鳥の美味さはよく知っています。
袋の上で、二つに手で割って、品よく食べるように注意しています。
口に投じると、目を閉じて、独り悦に入っています。
そんな件りは、鬼平犯科帳の「兎忠」と同じはありませんかね。
そう同心の木村忠吾ですよね。
色が白くて、うさぎ饅頭に似ていると言うので、そんなあだ名がついています。
忠吾は、市井の美味いモノに通じています。
それが、鬼平がお供にする理由でしょう。
400石の旗本の長谷川平蔵が、火付盗賊改の頭だという特殊な任務があるので、市中を単身で見回りできますが、通常の200石以上の旗本なら、お供も必要になるでしょうね。
なかなか旗本の武士の格式が必要になります。
その点、30俵2人扶持の御家人ならそうした気遣いも少なくなりそうです。
ただ、旗本でも、御家人並みの石高の旗本も居ますからね。
また、新田岩松氏は上野国新田郡田嶋郷内120石の禄を与えられ、大名のように参勤交代のある交代寄合の家格もあったと聞きます。(明治以降は男爵家として存続する)
武家の世界も大変だったと思いますね。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。