年末に、『禅語の茶掛 一行物』(芳賀幸四郎著 淡交社刊)のシリーズを買って、読み始めています。
ただ、トラブル発生です。
年末に買った『禅語の茶掛 続々 一行物』(芳賀幸四郎著 淡交社刊)を斜め読みし始めて、何か読んだような箇所があることに気が付きました。
と言うか、同じ内容です。
もしかしして、本を確認したけど、本のカバーは『禅語の茶掛 続々 一行物』(芳賀幸四郎著 淡交社刊)です。
再度、本の本編のタイトルを確認したら、買った『禅語の茶掛 続 一行物』(芳賀幸四郎著 淡交社刊)でした。
本屋さんの確認もさることながら、私の確認もしていなかったです。
こんなこともあるのかと、いい勉強になりました。

「々」があるかないかで、こんな事になるんですね。
驚きです。
「々」と言う感じはよく使いますが、何と読むのかご存じですかね。
「どう」と読みます。
人々の「々」です。
人に電話口で伝える時、困ります。
確か、落語家さんの桂雀々の「々」ですよね。
2024年の逝去のニュースに驚きましたね。
人の人生一寸先は、分かりません。
その分、しっかりと生きなければイケませんね。
人とはどう生きなければならないのか、哲学的、宗教的な人間のテーマです。
分かっていても、その通りに生きていくことは難しいです。
禅的趣向で何かを学びたいです。
とても大悟は出来ないけれど、どんなものかは覗いてみたいです。
そんな手がかりが、禅語の書物でもあります。
お釈迦様は、中道と言う道を説かれています。
あの烏合の衆の政治の話ではありません。
苦行の先には、悟りはなかったと言うことです。
私的に思うのに、「こだわらない」、「執着しない」、そこが出来たら、気持ちも楽になるでしょうね。
イライラすることも無くなるし、欲もなくなりますからね。
そうそう、昨日の朝も散歩に行きました。
この寒波で、歩いている方少ないです。
こんな寒い日に、歩いてどうするの?
そう言われそうです。
日課的なモノですから、歩いています。
朝起きて、気分が乗らないなら、布団中でいることもあります。
朝の散歩が義務になっては、気持ちが拘束されます。
ですから、昼時に歩きに行ったり、夕刻10歳児ゆうゆうをスポーツクラブに送った後、散歩に行きます。
日に8000歩の散歩は続けたいからです。
一度止めると、次の一歩が億劫になります。
習慣化された散歩にしたいです。
どうしても、歩けなかったら、日に5000歩でも良しとしています。
散歩に行かなかった日は、体が重いんです。
それに、月曜から木曜は、FMラジオで『アサトク』を聴いて歩いています。
片山優さんの声に癒されています。
しもぐち☆雅充(しもぐち スター まさみつ)さんの掛け合いも、楽しいです。
54歳のおじさんと25歳の若い女の子の会話が成立しているも、面白いです。
おじさん世代です。
そう、朝の散歩より、ラジオを聴く時間みたいな感じです。
それでいいと思っています。
目的がいろいろあっていいんですよ。
そう思うと、こだわらないと言うのが、楽です。
この寒波の朝の散歩と言う苦行が、楽しみに変わると言うことです。
辛いですが、楽しさもあります。
家に帰ったら、WiiUのWii Fit Plusで、バランスWiiボードに乗ってバランスや体重やBMI値を計測して記録しています。
体重も少し少し減っています。
私には、健康に過ごすために、今から習慣づける事が、必要です。
厳格なルールも義務付けもしなければ、気持ちも楽になります。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。