少し前に、嫁の誕生日用にと、花を渡しました。
花束ではありません。
スーパーの生花売り場を通った時に、「花何にする?」、この時期、私がそう言えと、自分で選んでくれました。
これって、チューリップじゃありませんか?
初めての選択に驚きました。
毎年は、バラか、カーネーションが多かったと思います。
私の統計上の話です。
昔、学生時代に「社会統計学」の授業を取っていましたよ。
すでに、担当先生の顔しか思い出せません。
とてもインパクトがありました。
変わったインパクトのある先生が多かったです。
大学に8年、大学院に4年通っていたという先生がおられましたね。
普通の方の倍の年数通っておられたことになります。
授業受けている生徒に、下の名前で呼び捨てにするようにと言うんですよ。
変わっていたましが、変わり者の私には、高得点の評価をして下さました。
「仏教学」の授業だと思いますが、テストの問題は、3つの中からテーマを選んで書くスタイルだったと記憶していました。
私が選んだのは、「あなたにとって、宗教とは何ですか?」のテーマだったですね。
こんな抽象的な問題を出されると、好き勝手に書きます。
意外とこうした論文物は、得意なんです。
意味不明なことを言いながら、自分の到達点に論理を持っていきます。
私がこのテストに出した答えは、「歓喜」です。
歓喜と言っても、あの残忍な『キングダム』の桓騎(かんき)将軍ではありません。
桓騎(かんき)とは、元野盗の首領から秦国の「六大将軍」に上り詰めた異色の武将ですね。
歓喜、つまり、喜びですよ。
私のブログのテーマの「よかった」に繋げます。
宗教を「人生のスパイス」だという方もおられますが、私的に言えば、「幸せを見つける方法」つまり、「よかった探し」です。
どんな状況にあっても、「よかった」を探せる智慧でしょうかね。
目線を下げると見えない「よかった」を見つけられることがあります。
後ろを振り向きません。
前に前に進むだけです。
トイレの窓から見える「月」も素敵です。
時間の問題ではありません。
瞬時に、心のバッテリーが満たされるのが分かります。
散歩の途中で見つけたつぼみの「桜」も素敵です。
満開の桜の花だけが、キレイなわけでもありません。
花をのみ待つらん人に山里の雪間(ゆきま)の草の春を見せばや by家隆卿
自分が見つけられる春が、ここかしこに、あります。
人なら平等に見つけられる花です。
ぺんぺん草の花もキレイですよ。
よく見れば なずな花咲く 垣根かな by芭蕉
先生が、いい加減なそんな方便に騙されて、高い評価を頂きました。
でも、社会と言うのは、社会の評価の高い方を良しとして、評価してもらえない方は、低いとするのが世の常です。
自分の信じる道を歩む人間もいい、と思います。
でも、そうしたいが出来ないのが、これまた世の常ですからね。
自分だけが感じられる喜び、つまり「よかった」があれば、ラッキーですよ。
何かと比べて、他人と比べて、そんな相対観ではないモノの見方も必要だと思いますね。
そうでありたいです。

花は、いいですね。
家の午後の台所近くの窓です。
♪ 小さな窓から見える この世界が僕の全て 空の青さ分かるけど、空の広さが分からない~
松山千春さんの『窓』(作詞 松山千春 作曲 松山千春 編曲松山千春)の歌声もいいです。
当時のふさふさしていたあの時代です。
嫁は、仏間の仏壇の前の花として、このまま横の花台に活けています。
金銭の多寡も関係なく、花を喜んでくれるのは、ありがたいです。
私は、料理の方で、奉仕されて頂きますよ。
食べたいもののリクエストを聞くしかありません。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。