''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

躑躅(ツツジ)咲く。

「 ツツジ咲く 色彩り彩りの 花舞台  」


何となく、ツツジの花を見て、一句出ましたね。
風流人を気取ります。
つつじは漢字にすると躑躅と大変難しいです。
ちょっと手本を見なくては書けないですね。
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でも、家の近くにも見かける花です。
きれいに咲いています。
赤のやら、白のやら、中には、花の淵がピンクで中が白いと言うのもあります。
なんとも可憐な花です。
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ひな壇のような花壇に花々が咲いています。
今日の天気は、春と言うより初夏の風の匂いです。
まさしく薫風です。萌黄(もえぎ)の香りとも合い見えます。

花もきれいに自分を生きています。
いつも私が言うように、頑張って咲いたりしていません。
自然の摂理の中で、自分らしく生きています。
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それがキレイと感じるかそうでないかは見る人間の感覚だけです。
キレイと言われるために咲いてはいません。
人の評価は気にはしません。

私も偉そうなこと言いながら、世間の批評は気になります。
いえ、気にしないようにしてはいますが、どこまでも凡人の域を出ない小市民です。
ときに、花を見て花は幸せだと感じます。
それもまた間違いです。
キレイに咲いているからそう思うだけです。
雑草も花も一緒ですからね。
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太陽の日差しを受けて育つ、日差しの量は平等ではないですからね。
人の生き方とも通じます。
でも、自分らしく生きたい。そうして生きていけるならね。

どの人もそう思うはずです。
花を見て、キレイと感じる休息も必要ですよ。
時に、頑張らないことも必要です。

人は、すぐに「がんばれ」と励まします。
本当にがんばりきったことのある人は、そうは言わないはずです。

「自分がやりたいなら、やればいい。いやなら、辞めればいい」

これは、こたえます。

自分が納得する必要があります。
後悔がないようにするだけです。
他人の目は、ここには入って来ないです。

それでも前に進むしか道はないですからね。

花は目の前でキレイに咲いています。

じっと花を見て、何かを感じます。
何なのでしょうね。

ふと、心の休息場に出会えました。
ここにもささやかな「よかった」がありました。
感謝の気持ちは耐えません。
生きているわけでなく、やはり生かされているような気がします。

最後まで風流人にお付き合い下さいまして、こころよりお礼申し上げます。