''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

おはぎとぼた餅 その時の松蔭は?

今、おはぎの時期ですね。
今日は朝から、「おはぎ」のおすそ分けコールで目覚めました。
ご近所からのおすそ分けです。
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ということで朝からいえ、朝ごはんに「おはぎ」を頂きました。
「おいしゅうございました」

ところでおはぎとぼた餅の違いご存知ですか?
答えは、同じものです。
粒あんこしあん、大きさの違いでなく、呼び名の違いです。
春は、牡丹で、「ぼた餅」、秋は、萩(はぎ)で「おはぎ」と言う季節の違いです。

彼岸ですからね。
暑さ寒さも彼岸まで、です。
もちろん、彼岸は彼岸会(ひがんえ)のことです。

ぼた餅は大きめで、おはぎは小さめに作るようですね。
花のイメージです。

粒あんこしあんの違いも小豆の出来た時期によるようです。
ですから、粒の硬い春はつぶ餡で「ぼた餅」で、皮の柔らかい時はすりつぶして、こしあんで「おはぎ」のようです。
調べてみるといろいろとあるようです。

何かには、米粒の状態によっては、地域では「半殺し」「皆殺し」なんて呼ぶ地域もあったりするとも聞いたことがあります。
おはぎは、「半殺し」、お餅は「皆殺し」でしょうかね。

台所から、そんな声が深夜に聞こえると怖いですよ。
庖丁なんか研ぎながら「シャリシャリ」ってね。
ヒィヒィヒーヒー・・・・(悪ふざけ)

彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」というようです。
(『ウィキペディアWikipedia)』)

こうしてご先祖様と仏法の世界が日本の四季に関わりますね。
そして、食材にもですね。
おはぎと言えば、やはり山口の萩ですね。

長州の萩です。
松下村塾(しょうかそんじゅく)と吉田松陰が思い出されます。
その後、松陰が安政の大獄で粛清されたため、3年ほどの活動でした。

短期間しか存続しなかったが、尊王攘夷を掲げて京都で活動した者や、明治維新で新政府に関わる人間を多く輩出した。
著名な門下生の中には、久坂玄瑞高杉晋作伊藤博文山縣有朋前原一誠品川弥二郎山田顕義、などの名前を連なっています。

皆選りすぐりの者でなく、近隣に住まいしていた下級の武士や足軽、中間、町人まで身分の隔たり無く、学びを受けていました。
明治の礎を気づいた方ですね。
総理も数人出ていますね。
すごい確立ですよね。

塾生の筆頭格では、高杉晋作が有名ですが、塾頭は久坂玄瑞です。
切れ者です。幕末に命を落としています。
生きていら、明治も大きく変わっていたかもしれません。
惜しい人材です。

伊藤博文は、家が近所にあったと聞きます。
伊藤氏は、当時、俊輔(春輔、舜輔)とも称していました。
後にこの事から「春畝(しゅんぽ)」という号を使うこともあります。

書も多く残っていますが、偽者も多く、署名に「博文」とは書かないですね。
伊藤博文とあれば、額や軸があれば贋作の疑いが強いです。
(間違いない・・ちょっと懐かしいです)
でも、河豚(ふぐ)が食べられるのはこの方のお陰です。

伊藤博文が、順番から言って総理になるはずはないと考えられます。
武士でなく、農民の出身であったと言います。

それ以上に、幕末、維新後も、裏方を専門にやっていましたからね。
得意技は、「暗殺」であったとも言われます。
やんごとない方をあやめて、新しい年号が発令されることになったとも言われます。
あくまでも、真実は史実の闇です。

もっとも、やりたくないことを押し付けけられたのかもしれません。
ですから、表に出ることの可能性は少なかったのです。
ましてや、初代の総理です。

その伊藤博文公が、ハルピンの地で、安重根氏によるとされる(諸説あるようです)暗殺で倒れます。
暗殺の名人が、暗殺で命尽きるとは、やはり因果ですね。
裁判が秘密裁判によるもので、その経緯ははっきりしていないように聞いています。

何が真実なのか、闇ですね。


松陰が処刑寸前に詠んだ辞世の句が残っています。

「親思ふ こころにまさる 親ごころ けふ(今日)の音づれ 何ときくらん」

子供の死を聞いた親の気持ちを思うと何とも物悲しいです。
そんなことを気にして、黄泉に旅立ちます。

辞世の句は別にあります。
処刑直前に獄中で書かれた「留魂録」には、
「 身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留置まし 大和魂 」が残されているようです。

仏の世界でも、子が親より先に旅立つのは罪が重いと言われます。
時に、小さい子供が親より先に旅立つのは、特に罪が深いと言われます。

ですから、先立った子供は、
「一つ積んでは母のため、一つ積んでは父のため」と賽の河原で石を積んでいるのです。

彼岸の時期には、こうした先人の労に思いを馳せて、今ある幸せを感じたいです。
贅沢を言わなければ、穏やかに過ごされてもらっています。
この穏やかこそ、本当の幸せです。
そう感じる今日頃ごろです。

歴史にロマンも感じますが、こうした悲劇も感じます。
因みに、伊藤博文暗殺の罪に問われた安重根氏も、確か逮捕後に自分の子供が生まれたことを手紙で知りったと聞きます。

親と子、いろいろとありますが、歴史の裏にこうした悲しい物語も存在しています。
つくづく今が幸せです。
ありがたいと言えます。
今の世に生まれて来てよかったです。

最後まで、少し暗い話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。