''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

11月11日は、「六祭日」ですね。

11月11日は、いろいろな意味ですごい日です。
節句でもありますね。

もちろん、「六祭日」でもあります。
「ろくさいじつ」と読みます。
仏法においては、「六祭日」とは、懺悔する日と聞きます。
それも決まった場所と方法が必要です。

「六祭日」は、年に6回あります。
1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日、11月11日です。
月と日が同じ組み合わせの奇数月、奇数日です。

奇数は喜びに使われるらしいです。
特に五月、端午の節句の「端」とは、最後の区切りである。
そして、その日が端午の節句であると言います。

子供の頃に聴いた話です。
仏法的に、「如是我聞」です。

こんな風に聞きましたということです。
最近になって、ふと思い出しました。
「六祭日」は、本当は7つあると聞きました。
どの日が、7つ目の日か、最近考えます。

自分なりに13月13日ではないかと、答えを出しています。
調べても今の段階では、分りません。
13月って、ないと思われますが、太陽暦にはないです。

しかし、旧暦ではあります。
19年間に7度ほどあることになります。
「閏」月ですね。

季節によって、閏四月なら、四月と五月の間に閏月があったことになります。
つまり、閏月の閏日が、もう一つの「六祭日」と言えます。

閏12月なら、13月になりますからね。
13月13日だけ言うのかどうかも分りません。
今しばらく、調査してみます。

同時に、「六祭日」の今日は「蓮」であると聞きました。
如是我聞。
蓮とは何でしょう。
「南無妙法蓮華経」の蓮ですね。

法華経という教典からいろいろと学びます。
法華経と言わずに、妙法華経と言います。

経典にも、妙法華経という言葉が出てきます。
しかし、南無妙法華経といわずに、「南無妙法蓮華経」と唱えます。
不思議でした。

しかし、「妙」と「法」という二つのものから、世の中は成り立っていると聞きました。
如是我聞。

経典の中で、「妙義」、「法義」と言う言葉が出来ます。
妙と法は、表裏一体の関係、つまり無と有の関係とも言えます。
一対をなしています。

ですから、妙法華経というのだと感じています。
二つが連なっている「蓮」ですね。

法華経の中で、一番の仏様は、「南無久遠實成大恩教主釋迦牟尼世尊」様です。
皆さんが、ご存知のお釈迦様です。
しかし、皆さんがご存知のお釈迦様ではありません。

初めて、妙法華経を説かれるとき、その分身の十法分身諸仏を、集められます。
同時に、地が割れて、上行大菩薩様を筆頭に、菩薩様が大勢あわられます。
仏法では、地涌の菩薩様と言われています。

お釈迦様が妙法華経を説かれる時に、これだけ多くの菩薩様が現れたのは、お釈迦様がこの世で悟られたのでなく、遠い前世にすでに悟りの状態にあり、その時すでに集まっていた菩薩様も表れたということです。

久遠、というのはそういう意味です。
阿私仙人様の前知識で得られていたことは、その経典にも記されています。

同時に、妙法華経で、尊い仏様がおいでです。
「南無證眀法華之多寳佛塔」様です。
法華経が説かれる時、塔が現れます。

この中においでの仏様です。
そして、お釈迦様が、右手でその扉を開けられます。
その中にイスに座っておいでです。
そして、席を半分譲られます。

二人して腰掛けて妙法華経を説かれます。

仏教書なら、どこにでも出てくる記述です。

しかし、不思議なことがありました。
最初の「南無證眀法華之多寳佛塔」様です。
つまり、法華之多寳佛塔です。
すると、妙華之多寳佛塔もあるということに成ります。

古い仏教絵画を見ていると、この説法のシーンが描かれています。
二人して、塔の中に座られています。

しかし、不思議な絵も見たことがあります。
二人の背中に二つの塔がならんで書かれているものです。
こうした由来によるものかは、知識不足ですが、ある程度の推測が立ちます。

つまり、妙と法は二つで一つです。
観音様がお二人、宝の珠を治めているシーンが経典に書かれています。
そういうことのようですね。

この二つ連なりが蓮ということですね。
ですから、「南無妙法蓮華経」と唱えます。
ひとまず、納得です。

あくまでも、如是我聞です。
仏縁、ありがたいです。

最後まで、聞いて下さってありがとさんです。