''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

白い花が咲いています。そこから見える世界。

家の近くを散歩していると、いろいろなものに目が向くことがあります。
ブログを始めてから、余計にそう感じます。
知らず知らずに、ネタを探しているのかもしれません。

花はいいですね。
若い頃には、花が咲こうが、咲こまいと季節の移ろいに目をやることがなかったです。
しかし、中年の年になって来て、自分の天命も薄っすら見えて来たように感じます。

人50にして、天命を知るとか、知らないとか言います。
迷い迷いの人生です。
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花を見て、花を思います。
花は花として生きている。

それだけです。
自分らしく生きています。
いつも書くように頑張ったりしていません。
まさしく自然体ですね。

人もこうでありたいと感じます。
しかし、そうは行かないのは人の常です。
しがらみもあります。

生きていく糧も得なければなりません。
人ですから、仕方ないです。

花を見て、じっと見ると、何か話しかけているような錯覚を感じます。
不思議です。
話したりするはずもありませんが、表情を感じます。
笑っているように感じます。
穏やかに過しています。

いらいらすることや腹立たしいことが多いのも事実です。
休日をゆっくり過す。
花にも目が行きます。

この花とは、この時間、この時、最初で最後です。
一期一会です。
花ですら、そうです。
人ならもっとそう感じるはずです。

でも、なかなかそうは感じません。
最初で最後ならと考えると、不愉快も少ないのかも知れませんね。
また、逆もあります。

ともあれ花が咲いています。
白い花です。
何ていう花でしょうね。

ケシっぽいですね。
ケシの花なら、紹介したこともありましたね。
昭和の名曲とともにです。

今日は勤労感謝の日ですね。
「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう国民の祝日」ですね。ここにも感謝があります。
1948(昭和23)年公布・施行の「祝日法」で制定です。

戦前の「新嘗祭」の日をそのまま「勤労感謝の日」に改めたと記されています。
天皇が新穀を神に供える儀式ですね。
里の幸、山の幸、海の幸がすべて豊かであれば、国、民ともに幸せですからね。

物事に感謝して暮らすことは、充実した時間です。
今あることが、幸せに感じます。

勤労するのは、日常ですから、いろいろとあります。
嫌なこともあります。
しかし、仕事があることはありがたいです。

宝くじでもあたって、何て夢物語を想像しても、現実にそうなれば、大抵の人が働かなくなります。
仕事をせずに、暮らすことは楽でもありますが、それは楽ではないと感じます。

朝起きて、夜寝る。人間らしい生活が、健康を支えます。
腹が減る。仕事の後に呑むお酒の味は格別です。
たまにある休日だからこそ、ありがたいと感じ楽しみを感じます。
毎日が休日なら、退屈でしょうね。
そういいながらも、いつも3枚だけ、大きな宝くじは買っていますよ。

なって見なければ、分かりませんけどね。
楽はしたいが、自分にあった分があります。
持って生まれた分でもあります。
自分の身幅にあった生活があるだけです。

毎日、ステーキもフォアグラも食べません。
もちろん、痛風ですから食べられません。
大トロもあまり好きではありません。
贅沢と言っても思い当たらない悲しい自分です。

普通に、この時期は、鍋が食べたいです。
自分の財布の中身にあった鍋の材料を入れて食べるのが、口に合います。
日常とはそうしたものですね。

究極の幸せは、ゆっくりすることです。
忙しいと感じながら、生活できているからこそ、ゆっくりとしたいと感じられるのだと思います。
身幅に応じた生活です。
それで満足しています。

上を見てもキリがない。下を見てもキリがない。
そう感じられていることは、ありがたいです。

たまに、奮発して贅沢がしたくなります。
身幅にあった贅沢です。
自分の中で想像出来る贅沢です。
それが自分の分です。

分を知ることが、天命を感じると思える第一歩だと感じます。
今あることは、偶然ではありません。

必然です。
あるべくして、今あります。
生きているわけでなく、生かされていると感じます。

おかげさまです。
まさしく、誰かの、何かの力で生かされています。
それを感じれば、自分の存在価値も理解できるように感じます。

どこから来て、どこに行くのか。
それが見えるような気がします。
これが天命かもしれません。

上も下も見えない空間にいます。
しかし、不安はありません。
その中の一部であると感じています。

自分の場合は、それが仏の胎内にあると感じられますからね。
不安はありません。

それがご縁です。仏縁です。
その中をくるくると回っています。
それだけです。
それが、この年になって分かってきたことです。

勤労もさせて頂いて、初めてしることもあります。
見えてくることもあります。
そんな日が今日なのかもしれません。

明日も仕事です。
連休開けの仕事はなかなか辛いですね。
それも日常です。
えらそうなことを言っても、極普通の凡夫です。

頭で分かっていても、なかなか現実世界として実行は難しいです。
これも、人の存在です。
まだまだ修行がたりません。
それでも感謝の気持ちは忘れないようにします。

今日も平穏無事に一日が過せますように、祈るばかりです。

最後まで、つなかい四方山話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。