''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

千両。万両です。

すこし、散歩すると目が花を探しています。
この時期、赤い実が目に付きます。
マンリョウという花のようですね。
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お正月の鉢植えの飾りにも使われています。
あの赤い実ですね。
なんとも微笑ましいです。

クリスマスのリースにもそんな赤い実が付いていますね。
千両、百両、十両、一両、という花もあるそうです。
何とも不思議な花の名前です。
京都のこの時期、南座は顔見世興行の役者看板が上がります。

歌舞伎で千両というと、千両役者ですね。
千両稼ぐ人気役者です。
すごい人気者です。

役者の芸もさることながら、作や演出によってその作品の出来も変わります。
その中でも、『仮名手本忠臣蔵』は良く出来ています。
この月は、サブサイトルは「忠臣蔵」です。

最初は、人形浄瑠璃としての公演です。
初演は寛延元年(1748)に大坂竹本座において、同年十二月一日には同じく大坂で歌舞伎版が初演され、江戸では翌寛延二年(1749年)森田座で初演されています。
事件から50年近く経っての芝居となります。
その外題の仮名は、赤穂四十七士をいろは四十七字にかけて「仮名手本」としたという説が有力です。
(『ウィキペディアWikipedia)』一部抜粋、参照)

もし47人でなかったら、どうなっていたのかと思うと不思議な感じです。
事件から50年と言う歳月によって、話のエッセンスが凝縮されています。
都合の悪いことも触れない、正しくパロディとしての娯楽です。
人間の感情に触れる演出です。

長い間に亘って、研ぎ澄まされた演出に洗練されています。
現代にも、今後も時代と共に変化もし続けるかも知れませんね。
それが魅力なのかも知れません。

現実の討ち入りは、そんな芝居じみた者でなく、武士のとしての意地、人として意地かも知れません。
得した者いないのが、「赤穂浪士」です。
三方両損です。
それでも、それを実行したことの意味は深く、学ぶところがあると思います。

何がそうさせたのか、それが天命であったのか、考えます。
元は、浅野の殿様の見境ない妄動が発端です。
あの世とやらで、47人に詫ていることと思います。

軽率な行動であったと反省して余りあると考えます。
トップたる者の使命と責任があります。
常に、多くの人の人生を狂わさせることがあると肝に銘じないといけませんね。

歴史から学ぶことも多いです。
今あるのは大平の世です。
それも日本にあってのことです。

しかし、事件や事故は日々のことです。
偶然にも、今日無事に一日過せたのは幸せなことです。
その幸せが、長く続くことを祈るばかりです。
ありがたいと感謝の気持ちを忘れません。

最後まで、今暫くと引き止めた芝居かかった話になりました。
今日もお付き合い下さいまして、こころよりお礼申し上げます。