''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

『男の作法』って、まずはそばから。

私の愛読書と言えば、時代物が大半です。
その中でも、池波正太郎氏の著書はいいです。
池波正太郎氏の描く江戸時代に憧れます。
どっぷり浸かっています。

その中で、平蔵が見せる人情に憧れます。
人が人として、生きている姿ですね。
もちろん、身分の区別はあるのだから、今よりもずっと過ごしにくいでしょう。
しかし、そこにあるきめ細やかな人情は、現代より深いですね。

私なら、その時代では1日も過ごせはしませんね。
だから、憧れるのですね。
実際に過ごせないと分かっているからですね。

エッセンスはあるはすです。
池波ワールドには、食べ物が付き物です。
他の作家と違い、食べ物に関する記述がたまらなく好きです。

豆腐の小鍋仕立てに、大根の千六本、あまり入れると味が濁ります。
揚げさんでもいいですね。
昆布の座布団をしっとり敷きます。
一味を軽く振る。
ポン酢でも、豆腐の甘いたれでも、醤油を垂らしてもいいですね。

そば屋がよく出て来ます。
そばと言えば、かけそばなら二八16文とゴロがいいですね。
ざるそばも、もりそばもいいです。
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そばチョコに、そばを入れて食べる様が、大人です。
どっぷり漬けないのが、「通」らしいです。
『男の作法』にも、この辺は細かく書いてあります。
でも、私のはすこし違います。

まずは、最初につゆをすこし口に含みます。
ほんの少し味見です。
そばつゆの加減を見ます。

辛いのか、薄いのか、お店によって違います。
それを見た上で、そばを取る量、つゆに付ける加減を決めます。
たっぷり付けることもあります。
この辺は、作法から勉強もします。
通ぶって、つゆをちょっとだけしか付けない様なことはしません。
江戸っ子が、往生する間際に、一度でいいから、そばをつばつゆにどっぷり付けて食べたかったという小話がありましたけどね。

辛いつゆだと、どっぷり付けると美味しくありません。
それに、わさびは、つゆには溶いたり混ぜません。
これは刺身と一緒です。

そばの食べる分だけのすこし乗せます。
最後まで、この部分はつゆにはつけません。
つゆが濁ります。

作法ですから、知った上で、最終的に自分の舌で判断することが大切だと思います。
それ以上に、美味しいまずいを言う前に、自分で作って見ることも大切だと思います。
作って見て分かることも多いです。

硬めのそばに仕上げるには、湯がいてから、冷水で〆ることが必要です。
その時、余ほどのことがない限り、氷は使わないようにしています。

そばの腰はいいですが、やはり香りもご馳走です。
澄んだそばの香りも楽しみたいです。
冷た過ぎると香りが、もう一つですからね。

この時期なら、冷水でちょうどです。
さっと〆たら、水気を切って、すばやく盛る。

盛ったら、用意していたつゆに付けて、すぐに食べる。
温かいそばも一緒です。
作ったらすぐに食べる。

それだけです。
作って、今が一番美味しいと思える時が、一番美味いです。
作り手から見る美味しさと、食べ手から見る美味しさとは、すこし違います。

若い頃、ラーメン屋でバイトしていた時のことです。
麺はかためで、タレは濃い目の、白(脂)とのご注文です。
友人とおいででしたが、ラーメンにはちとうるさいとの会話です。

すぐさま、ラーメンを出すと、まずはコショウ、唐辛子味噌、唐辛子を振り振りです。
この間、2分ほどです。
唐辛子味噌を、蓮華に取って、そこでスープに溶かしの作業が結構長かったですね。
麺の底に箸を入れて、上下全部麺を入れ替えです。

そして、口中に、投じましたね。
「普通の味」らしいです。

まずは、麺かたなら、最初に麺のかたさを食べて確認してよ。
そして、次にスープをすこし飲んで、味の濃さを確認する。
その上で、コショウや唐子味噌を入れてよね。

今まで見た中で、もっとも不味そうに見えたラーメンの食べ方でしたね。
今でもはっきりと覚えています。
一生美味しいラーメンにはめぐり合えないですね。

作り手の私が一番うまいと思うラーメンは、麺は3分の1の量にして、だいぶのかためです。
針金と呼ばれるよりは、もう少し火が入った状態です。
麺に付きっ切りで、すでにスープも張っています。
すかさず、麺を上げで、葱をぱららと入れただけです。

その場で立ったまま頂きます。
ほとんど、2口程の量です。
1口目がすべてです。
自分好み、極上ラーメンの麺のかたさです。

閉店後のお客の居ない時しか出来ない極上の麺ですね。
その時の麺は、近藤でしたけどね。
好みは、釧路製麺です。

麺の量を3分の1にするのが、ポイントです。
その場で食べるのも大切です。

絶対、お客は食べることができません。
作り手だけの、極上です。

どの料理にも、こうした極上の食べ方はあります。
お客は食べることが出来ません。
作り手だけの知る味です。

これも作法です。
鵜呑みにする作法もあれば、自分で発見する作法もあります。
しかし、自己流は、まずお手本を知った上でやることが肝要だとおもいます。

今年も、自己流の作法で過ごします。
いい方法はすぐに取り寄せます。
新しい自己流です。
日々進化する自己流です。
目線を下げて、日々の生活の中で、新しい発見も楽しいですね。
「ありがとさん」と感謝を添えると、新しい発見が見つかります。

今日も平穏無事に過ごせますように、手を合わせるだけです。

最後まで、無作法な話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。