''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

「お若えの、お待ちなせえやし」、待ってたまるか。

こんな芝居の台詞と言えば、歌舞伎の幡随院 長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)です。
言い回しに中々の深みのある言葉です。
昨日深夜の帰宅に、テレビをつけるとやっていましたね。
「歌舞伎『極付幡随長兵衛』(きわめつき・ばんずいちょうべえ)『公平法問諍』大薩摩連中」

なかなかいいですね。
役者も、幡随院長兵衛に、中村吉右衛門、水野十郎左衛門には片岡仁左衛門と豪華です。
脇の役者も看板どころとは、豪勢な舞台でした。
しかし、吉右衛門丞の演じる姿に、幡随院長兵衛引き込まれます。

幡随院 長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ、元和8年(1622年) - 明暦3年7月18日(1657年8月27日))は、町奴の頭領で、日本の侠客の元祖とも言われる。実在の人物だが、芝居等の作品で有名。本名は塚本伊太郎。

元は佐賀藩の武士・塚本伊織の子で、口入れ屋を営んでいたが、男伊達を競って乱暴を働く旗本奴と対立し、町奴の頭領となったとされていたが、長兵衛は滅亡した波多氏の旧家臣の子であるとする説もある。

江戸の幡随院(お寺、京都の知恩院の末寺、その後焼失し現在は小金井に移っている)の裏に住んでいたため、幡随院長兵衛と呼ばれるようになった。

1657年に旗本奴の頭領、水野十郎左衛門に湯殿で殺されたとされる。歌舞伎、講談の題材に盛んに使われ、中でも『極付幡随長兵衛』が有名。
(『ウィキペディアWikipedia)』一部抜粋)
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私には、池波正太郎氏の『侠客』の世界です。
昨日の歌舞伎を見て、また読みたくなりましたね。
書庫から引き出して来ました。

この時代、大名と旗本の対立、旗本と民衆の対立があちらこちらにあります。
徳川の家臣としての旗本は、戦国時代には必要であったものの、太平化する時代では、無用の長物でした。
有能な官吏として生きていける旗本が少なかったです。

槍一筋、関ヶ原、大阪冬・夏の陣と戦と終われば、チンピラや愚連隊と化した集団です。
あちらこちらで、町衆といざこざを起こします。
そんな犠牲が、この話です。

武士たるもの、ご大身の旗本水野十郎左衛門に騙されて殺された事件です。
汚い卑怯な武士がいたものです。

和解の話をすると偽って、長兵衛を一人屋敷に呼びつける。
酒宴に興じて、着物に粗相をさせて、乾くまでの間にと、もとなしに騙し湯殿に誘い、丸腰の長兵衛に、水野本人が、槍で仕留めた。

卑怯の極まりです。
これでは、ご政道の筋が通りません。

知行召上げ、松平阿波守へ預かりの沙汰です。
しかし、これにも不服の行状に、後に切腹のご沙汰です。
徒党を組んだ他の旗本57人も遠島のご沙汰です。

一番喜んだのは、幕府でしょうね。
三河以来の譜代の旗本が大人しくなりました。

若い時の行状は、多少直ります。
しかし、大人となっての行状は直りません。
やることもなく、金銭の不自由しない大人が一番立ちが悪いということですね。

汗して働くは、ありがたいことです。
働く以上嫌なこともあります。
イライラすることもあります。
昨日も怒鳴り合いをすることもありました。

人として対応の出来ない大人に驚くばかりです。
そんな時、怒りより「哀れ」を感じましたね。
さもしい人間とすこし悲しくなった気持ちでしたね。

筋を通すはすばらしいことです。
なかなか妥協して、筋を通すことは出来ません。
周りのことに遠慮もあります。

イライラしたときは、「観世音菩薩」のお名を一心に唱える。
嫌なことがあったときも、嫌な自分を抑えることが出来なかったときも、一心に唱える。
いつも娑婆世界に存在しておられます。

自分の心と向き合います。
穏やかな気持ちを取り戻すことが出来ます。

嫌なことも多いです。
この世の「空(くう)」、イライラしたことも所詮は一時の夢です。
気持ちを上手にコントロールする術を会得することが肝要です。
正しい物の考え、正しい行いは、仏の世界の住人には必要なことです。

私は、仏縁を頂いております。
しかし、今あるは、偶然にあらず、必然です。
仏さまに、生かされていると思えば、それも試練の一つです。

生かされていることに感謝します。
目線を下げて、今あることに、今ある幸せに気付きます。
ここにも、ここにも、見つけられます。

人の気持ちは相対的なものです。
何かに比べて、多いや少ないです。
何かに比べて、大きいや小さいです。
イライラするのも些細なことです。

天を仰いで、月を見ます。
昨日の月はきれいでした。
微かに円い虹が掛かっていたように感じました。
天の吉兆です。

今日も平穏無事に過ごせますように、手を合わせます。

最後まで、若いないままの大人の対応に苦慮した話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。