''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

焼きそばパンとロールハムサンドより。

ムシムシとした梅雨のお天気ですね。
今日も朝からの雨模様です。
結構強く雨降る京都伏見の地です。

先日、焼きそばパンとロールハムサンドの差し入れを受けました。
こじんまりとした食べよいサイズです。
やきそばパンと言えば、炭水化物×炭水化物の組み合わせですね。
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関西では、焼きそば定食は人気があります。
関東人には不思議に写るようですね。
私はしませんが、お好み焼き定食もあります。

お好み焼きとご飯は、どうも合わないようにも感じます。
関西人の私が、それを感じるように、焼きそぎ定食は不思議かもしれないですね。
でも、あのソースの香りと白いごはんは合います。
焼きうどんにしても美味いですね。

関西では、うどんとごはんの取り合わせも普通です。
ラーメンでも、ラーメン・ライスは定番ですからね。
やはり、炭水化物×炭水化物も悪くはないです。

パンにしても焼きそばパンは美味いですからね。
この頂いた焼きそばパンもなかなかよく出来ています。
うまいですね。

小学生の時、給食に焼きそばが出ていました。
当時は人気のメニューです。
焼きそばというのか、蒸しそばというのが、どうも焼いたという感覚の薄いやきそばでしたね。

キャベツ、豚肉、ネギ、青海苔、紅しょうがが入っていましたね。
パンはコッペパンです。
味の付いていないパンです。

私の郷里播州では、一度も食パンは給食に出たことはないです。
年中、コッペパンです。
時に、揚げパンにきな粉やグラニュー糖や紛糖のまぶしたものが、月1回ほど出ましたね。
でも、焼きそばの時は、コッペパンに先割スプーンで切り目を入れて、その切れ目に焼きそばを詰める。

要するに焼きそばパンにして頂いていましたね。
何とも言えない味わいです。
マーガリンかジャム付けて食べていたコッペパンが、何とも深い味わいに変わりましたね。
炭水化物×炭水化物の妙です。

さすがにロールハムのサンドは、給食に出ることはなかったですね。
ロールハムサンドもなかなか美味いです。
でも、手作りのパンの美味さより、ロールハムの美味さが勝ってしまいます。
パンの美味さを味わうなら、焼きそばパンの方が美味いです。

ハンバーガーも具のハンバーグーが美味いと、おいしいハンバーガーとは言えないですね。
土台のパンが美味くないと美味いハンバーガーにはなりません。
それも、それぞれが美味いものであるという自己主張があっては、美味しいものにはなりません。
パンもハンバーガーもバランスが一番です。

表裏一体ですね。
仏法世界の妙と法の世界です。
二つで一つの不思議な世界です。
私が私がと主張しません。

お釈迦様が、真実の教え「妙法華経」を説こうとされた時、その証明するために、多寳佛塔が現れます。
その中には、多寳佛という仏様がおいでです。
塔の扉を開かれて、そこに座っておられます。

多寳佛さまは、その椅子を少し横に除けられて、お釈迦さまにどうぞと席を空けられます。
同じ椅子に二人してお座りになられます。

また、観音さまが、ご自身が頂かれた宝石の首飾りも二つに分けて、一つは多寳佛さまに、もう一つはお釈迦さまにお渡しします。

いろいろな考えもあるでしょうが、二人で一体というお姿を表しています。
妙と法ですね。
多寳佛さまは、法華を、お釈迦さまは、妙華を表されています。
妙と法は表裏一体、二つで物事すべてを構成しています。
陰と陽も同じです。

見えない世界が「妙」で、見える世界が「法」とも言えます。
不思議なことは多いです。
それは見えない世界があるということです。
見える世界ばかりで説明の付かないことも多いです。

物がそこにあるかないかは、そこに物が見えるか見えないかでもありますね。
今あるだけ、今ないだけの現象の世界です。
極端なものの考えでなく、中道の道を歩みます。

複雑な仏教説話ではなく、日常の中にも、そうした不思議なことや訳の分からないことが多いです。
すべてが、見えている訳ではないですからね。
見えることだけにイライラしてしょうがないです。

生きていると不愉快なこともあります。
イライラ虫に心を占領されてしまうことも多いです。
また、ウジウジ虫に心を侵されます。

欲、怒り、愚痴の心の三毒ですね。
見える仮の世界に、心を惑わすことはありません。
そんな時は観音様の名を唱えて、これらの三毒を消滅できます。

正しい行いをなせば、見えている評価だけでなく、見えない評価も加味されるはずです。
正しい行いは、正しい心からです。
心が正常でないと健康ではありません。

心穏やかに過ごすように努めます。
日々の生活はイライラ、ウジウジとの戦いです。

花を見て、月を見て、時に音を聞いて、心の平静を求めます。
ありがたいと感謝の気持ちは、よりいっそうの心の平穏を与えてくれます。
生きているでなく、生かされていると感じる気持ちが必要です。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、炭水化物の話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。