''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

日本橋を歩いて見ると、やはり見えますね。通天閣より。

昨日は、先日大阪日本橋に行った話を書きました。
いえいえ、まだ電気屋さん街には行った話しではありませんでした。
黒門市場を抜けて、マニャックな電気屋さんを放浪しましたね。

一時に比べて、あまりマニャックな世界の住人にならないように注意しましたからね。
それにしても、ここ数年この町も様変わりした気がします。
電気屋さんというより、パソコンやソフトを扱うお店が異常に目立ちます。
大通りには軒並みこうしたお店を見つけます。

オーディオ音響機器、無線機と言ったマニアも足しげく通ったそんな町の様子ではありませんね。
どこか平坦な感じのする町になって来たのかと思います。
京都の寺町と言えば、一昔前は電気屋さん街でしたが、今ではその様子は薄れてきましたね。

こうした町の変化にどうなるのか未知数を感じます。
魅力が少なくなった気もします。
このまま、日本橋の電気さん街をスルーしていきます。
すると見えますよね。
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もちろん通天閣です。
遠くからでもその存在を強く感じます。

いつもながら日本橋に来たならここに来てしまいます。
魅力というか、ひきつけられるような気がします。
観光客は多いですね。
一様に写真を撮っています。

町の真ん中にこれほどの建物があるのは異様です。
作った先人の知恵と努力に感心させられます。
新世界というネーミングもすごいですね。
その昔、ここが一大アトラクションとしてのアミョーズメントパークであったかと思うと感慨深いです。

やはり新世界ですね。
通天閣、いい顔しています。
そう思えますね。
いろんな方角から、見てもいろんな表情があります。

大阪を感じますね。
大阪と言えば、ここ通天閣大阪城、それに道頓堀のグリコ前と観光地は以外と少ないです。
通は、鶴橋や京橋やといろんな楽しみ方があります。

それにしても、大阪は八百八橋ですね。
地名に橋が付きます。
何とも情緒があります。

橋つまり水路を中心に物事が動いている訳ですからね。
その水路、つまり堀を維持するのに膨大な費用が必要です。
杭を打ち、堀を維持します。
それが講じて、杭倒れという言葉が生まれます。

庶民の力のある街です。
今や食い倒れと、食の都のイメージですね。
東洋のベニス、堀にかかる橋のイメージは薄れました。

それでも、見えない水路をイメージします。
京橋辺りの堀がいいですね。
船も通るし風景も綺麗です。

見えないけれど感じる世界が常にあります。
神や仏もはっきりと感じます。
見えないご縁の糸を手繰り寄せて、いい縁を作ります。
この世の修行です。

日々の生活の中で、ささやかながら、「よかった」探しを続けます。
こんなところにもあんなところにも、小さな幸せを見つけられます。
ありがとさんと感謝の気持ちをいつも持ち歩いています。
ありがとさんです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、赤い火青い火の見える通天閣の話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。