''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

〆鯖から見える思い出の味物語より。

昨日は、一日ゆっくりと過ごしましたね。
久しぶりに家で過ごした休日でした。
されど、いろいろと家事があります。

そんな一日も、昨日の夕餉は鳥の水炊でした。
なかなかに美味かったです。
鳥の水炊も、若い頃バイトしていたお店が有名な鳥料理のお店でした。
もちろん、鳥の水炊も看板メニューでした。

家庭がするともう一つ美味しくないですね。
骨付き鳥の部位と、野菜の味がいい風に重なり合いません。
鳥の処理の仕方が悪いんですね。
大抵は、骨付き鳥をそのまま鍋に入れていることですね。
ダメですよ。

鳥くさい鍋になります。
一度、骨付き鳥の部位を鍋で煮ます。
これだけを煮るわけです。

そして、この鍋の煮汁を捨てます。
出汁が出ていると思うのは違います。
余分な脂や、肉や骨から出る灰汁です。

大抵はブロイラーですので、鳥独特の臭みがあります。
これも一度煮ると少し消えます。

一度煮て、ざるにとって水分をよき切ります。
そして、もう一度似ます。
そして、20分くらい鳥だけで煮ます。
店によっては、30分くらいのところもありますね。

煮過ぎと思うのですが、そんなことはないですね。
お店なら、この状態で白濁した鳥スープにこの鶏肉を入れます。
そして、野菜を盛り付けて商品として出します。

その時、絶対に必要なのが、ショウガの絞り汁です。
これをスープに入れると料理屋さんの味に変わります。
最初に、スープを味わうとき、塩とショウガの絞り汁入れると上品な味わいになります。

家では、白濁した鳥のスープはありませんので、骨付き鳥を20分煮た鍋に野菜を入れるといいです。
白菜や白ネギなんかいいですね。
もちろん、豆腐やお揚げさんは、鍋の味を深めます。

野菜も本場九州では、白菜でなく、キャベツを入れますね。
水分が野菜から出ないようにする選択です。
白菜は水分が多いですから、スープが薄くなります。

九州でも、水炊は二種類ありますね。
水たきと濁音を付けないものと、水だきと濁音を付けるものですね。
音の通り、水たきの方は澄んだスープです。
水だきの方は、白濁とした濃厚なスープです。

お店によって製法が違うようですね。
私のいた店は、白濁したスープのタイプでしたね。
とろりとしたスープです。
見た目以上にあっさりとしています。

そんなことを思い出しながら、水炊をこさえました。
大変美味しゅうございました。
されど、鍋にも向付があるといいですね。
向付とは、刺身ですね。
鍋が出来るまでに、造りで一杯呑むわけです。
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時に〆鯖が食べたくなります。
京都では、〆鯖をきずしと呼ぶことがあります。
好き嫌いのはっきりする〆鯖です。
体に合わず「当る」方も多いです。

酢で〆た鯖は、京都では鯖寿司ですね。
ですから、ご馳走です。
有名なお店の鯖寿司なら一本4~7千円しますからね。
それは予算オーバーです。

近所のスーパーで買って来た物を、家でスライスして、盛り付けました。
ショウガと添えることが多いですが、私はわさびです。
美味いです。

子供の頃、この時期お寺に割りを納めに行きます。
秋の収穫の米と割りのお布施を納めに行くわけです。
家の近くのお寺です。
創建は室町時代と言われる古いお寺です。
多くの檀家がいます。

このためにお寺で料理が振舞われます。
家から一人ご馳走になります。
私も小学生でしたが、家を代表して、お米と割りの布施持参です。

料理は決まっています。
白和え、揚げと大根と人参の炊き合わせ、それに〆鯖の入った紅白膾(なます)です。
それに、ごはんと味噌汁という献立です。

二回入っていますので、間違いはなく覚えています。
それも、その味も今でもはっきりと覚えています。
何百人分を大鍋で作っています。

その時の、〆鯖の入った紅白膾(なます)の味が最高でしたね。
酢の加減、甘さも少し強い目です。
田舎料理ですからね。
三杯酢出汁も効いています。

羹(あつもの)に懲りて、膾(なます)をふくと言います。
あの膾(なます)です。
今でも紅白膾も好きですし、〆鯖入りならなお更です。

大きな揚げさんの大根と人参の煮物も美味かったです。
出汁もよく効いています。
いりこの出汁だったと思います。

甘めに炊かれた揚げさんが美味しいこと、美味しいことです。
白和えもいろんな物が入っていましたね。

コンニャク、人参、ホウレン草、それらの記憶が強いです。
やはりこちらも甘い目でしたね。
されど、美味かったです。

こんなことを昨日のように覚えています。
味の記憶が強いです。
変な小学生でした。

出汁の加減がいいとか、なかなかいい仕事だとか、考えながらご飯食べる習慣がありましたね。
特に外での食事には、なかなかありませんからね。

〆鯖を食べるとあのお寺の紅白膾を思い出します。
あの時の、お寺の線香の香りといい、本堂の古い建物の匂いとか、その時の子供の自分と出会えます。

あれから、30年は雄に過ぎています。
時代と共に味の記憶は残ります。
それとも、これも御仏のありがたいご縁かもしれませんね。
仏縁を頂いている喜びでもあります。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、〆まらない思い出話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。