''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

大好きな焼き茄子を食らうより。

朝晩の涼しさは、秋ですね。
日中の気温は、夏日ながら、秋の訪れを感じます。

昨日仕事場で、コウロギを見つけました。
いい音で鳴いています。
秋ですね。

家の裏庭に、どこから入ったのか、バッタがいました。
殿様バッタでしょうね。
裏のドアを開ければ、そこは草むらになっている露地です。
そこに放してやりました。

どこぞの竜宮城に、連れて行ってくれることを期待します。
接待は、鯛や平目の舞でなく、コオロギや鈴虫の音曲かもしれません。
それも素敵です。

秋は食欲の秋ですね。
読書の秋でもあります。
私には、ブログの秋でしようかね。
ネットサーヒィンなら、夏でなくても、秋でも出来ます。
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先日、焼き茄子を作りました。
私の好物です。
ガスコンロで、茄子を隈なく焼いて、後は熱い皮をむくだけです。
最初に、首(ヘタ)に庖丁を入れます。
すると、出来上がりがきれいです。

天には、すりおろしたショウガと刻んだネギ、それに一味唐辛子をフリフリします。
イチラーですからね。
これに、醤油をかけて頂くわけです。
写真映りも考えて、カットしてませんが、食べるなら、3つぐらいカットすると食べよいです。

こんなものが、これほどうまいとはね。
和食の良さです。
素材の持ち味を殺さないですからね。

パスタにしてもいいですよね。
ソテーした茄子を、トッピングしても、トマトソースに入れて和えても美味いです。
中華なら、やはりマーボー茄子です。
これもピリ辛で美味いです。

茄子は油と相性がいいです。
しかし、カロリーが気になります。
その点、焼き茄子は、油は使っていません。

少し冷やして、つるんとした感触が心地に良いです。
これには、日本酒ですね。
最近、遅く帰宅時に、燗酒を頂くこともあります。
四季に応じて、酒を楽しめる喜びがあります。
和食、和ですね。

いろんなものと喧嘩せず、それぞれの持ち味を高める。
それが和ですね。
「和を以て尊しとなす」
ご存知、聖徳太子の「憲法十七条」の一節です。

平安期には、「和」を「わ」とせず、「和」を「やわらぐ」と訓読みしていたとも聞きます。
和とは、人の意見をよく聞き、自分の意見を人に押し付けない、事でもあります。
人と意見が違うと言って、怒ってはならない。

人は皆、凡夫です。
どちらに、勝敗、正悪をつけないことでもあるように、説明されているものもあります。
まさしく、今日の政治の議論かもしれません。
数による政治でなく、よく議論して、よく話し合い、多くの物が納得できる政治が必要です。

1400年ほど前にそんなことを言っている政治かは、世界でもいないかも知れませんね。
すばらい政治のセンスです。
その根本には、佛の考えも大きく影響しています。
聖徳太子の時代、もともとの日本の神と、異国の佛のどちらを、選択するのかの混乱期でもあります。

国を治める方法として、仏教がその中心になった始まりの時代です。

私の世代、聖徳太子と言えば、一万円札や五千円札ですね。
どこかに、聖徳太子のイメージが強いです。
今、聖徳太子と言う名では、教科書に載っていないとも聞きます。
2002年度検定版から「厩戸王聖徳太子)」に変更されたようです。
何か、イメージが違います。

昔図書館で、聖徳太子の真筆とされる『法華義疏』を見た事があります。
本物は御物ですので、写真のです。

字は人を現すます。
人柄が、にじみ出るような立派な字です。
やはり、一国の舵取りをしていた摂政様です。
強く仏の世界を広めよう考えていたことも感じられます。

和を持つためには、やはり心の三毒は廃しないといけませんね。
日常、イライラしたり、ウジヴシしたりすることが多いです。
やはり、心穏やかに過ごしたいです。
ありがたい仏縁に感謝しています。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、ボケ茄子な話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。