''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

雀食堂「かつ丼」を食らう より。

朝から、どんよりした天気の京都伏見の地です。
仕事の疲れで、今日はぐったりして、家でゆっくりしています。
天気がいいなら、散歩がてら少し歩いて、東福寺の紅葉でも見に行こうかと思っていました。

少し買い物しに出かけたくらいです。
その前にお腹が空きました。
口はかつ丼です。

私のブログに時々訪問して下さる、「けやんた」さんのお薦めのかつ丼です。
場所は前から知っています。
けやんたさんは、出前されてようですが、私は店に向かいます。
折角なら、出来立て熱々を食してみたかったからです。

けやんたさんが、3日も続けて出前したと言うのが、頭から離れません。
どんなかつ丼なんでしょうね。
お店は、雀食堂です。
至ってどこにでもある食堂です。

この食堂の存在は知っていましたが、一度も中に入ったことが無かったです。
ドアーを開けると午後2時前の事、客はいません。
それを狙って着ました。

座ると熱い緑茶を頂きました。
定食屋と言うと、ほうじ茶のイメージです。
緑茶は新鮮なイメージですね。

もちろん、オーダーは「かつ丼」(690円)です。
かつ丼と言うと、カツを玉子でとじた物を想像します。
その場合には、このお店では、「かつとじ丼」が、これに相当します。
イメージ 1

カツと玉ねぎのシンプルなものです。
振られているのは、山椒ですね。
玉ねぎと丼汁を煮込んで、それをごはんにかけた「かつ丼」です。

カツは、サクサクしています。
一口かじると、動物性の脂の香りです。
お肉さんの揚げ物の匂いですね。
食欲をそそられます。

丼汁も、濃くありません。
ごはんとカツが、ばらばらにならない程度に、丼汁がかかっていると言うほどです。
イメージ 2

カツをかじると、あれって思いましたね。
ヒレ」の部位かなってね。
サックリと歯で噛み切れます。
ロース肉では無いような気がしましたね。

何度が、口中に入れるつれて、「あっー」て思いました。
これのカツは、豚カツでなく、牛カツです。
初めて食べてる牛カツのかつ丼です。
かつ丼と言えば、豚肉のイメージになっていました。

なかなかいけますね。
美味いです。
福井のヨーロッパ軒のソースカツ丼を思い出しました。
あれも美味かったです。

牛カツのかつ丼も、いいです。
意外な展開に、少しサプライズな気分です。
汁物は付きません。
漬物が付くだけです。

伏見と言えば、最初に思い出す伏見稲荷大社です。
三箇日の参拝者の数は、全国でも、片手に入ります。
今年は、鎮座して1300年の節目の年です。
今からいろいろとイベントがあるようです。

伏見稲荷の参道の名物と言えば、いなり寿司と焼いたすずめです。
伏見稲荷さんは、商売の神様である以上に、五穀豊穣の作物の神様です。
ですから、穀物を食べる雀は敵と言うことになります。

御神体は、目に見えるものではく、自然の空間なんですね。
狐を御神体と勘違いしている人も多いです。
狐さんは、あくまでお使いです。
そう「しもべ」です。

バビル二世なら、怪鳥ロプロス、ロデム、ポセイドンと言うことになりますね。
もともと、今の伏見稲荷大社は、藤森神社の境内です。
それを伏見稲荷の神さんに騙されて、摂られたということになります。
この下りは、過去何度も記事にしています。

一応、住まいの氏神さまは、藤森神社で、私も氏子ということになります。
それが証拠に、伏見稲荷大社の回りに、誰一人として氏子さんがいません。
すべて藤森神社さんの氏子です。
複雑な歴史があります。

この仲裁に、おととしは、京都市長京都市議議長の立会いの前に、儀式が行われていましたね。
それに伏見稲荷大社さんと、東寺もかかわりがあります。
東寺近く、堀川通り近くに、稲荷大社のお旅所があります。

これも歴史の中、東寺さんと伏見稲荷さんの手打がありました。
弘法大師の知恵の賜物です。
手落ちが有ったのは、東寺さん側です。
ですから、東寺近くの寺領に、伏見稲荷のお旅所を提供されたわけです。

伏見稲荷大社は、この1300年の間にいろいろなことに有ったと言えます。
しかし、境内の問題では、藤森神社と正式な手打ちはあったとは聞いていません。
長いバトルと言えます。
藤森神社さんは、それ以前に山城の神として、鎮座されていました。
一応、伏見稲荷大社に参拝してなら、藤森神社さんにも、参拝するのが、礼儀としてあるようです。

まるで、多賀大社さんみたいですね。
多賀大社さんこと、俗に「お多賀さん」と呼ばれています。
伊勢神宮さんこと、「お伊勢さん」のお母さん・親神さんです。

「お伊勢参らば、お多賀に参れ、お伊勢、お多賀の子にござる」
こんなご詠歌があったように記憶しています。

それと同じですね。
複雑な問題はあるにせよ。
今では、伏見稲荷さんと藤森さんは、中立の状態にあります。
平和なことでありがたいです。

伏見稲荷の門前、雀を焼いています。
名物ですね。
しかし、食用の雀は、在庫が尽きようとしています。

私も、好物ではありませんが、あの雀の焼ける匂いは、格別です。
バリバリした歯ごたえを楽しむもので、味はそれほどでもないです。

この辺りは、その昔は、雀のお宿だったんですね。
伏見のこの当り、深草と呼ばれる地域でもあります。
かつては、野鳥の天国でもありました。

藤原俊成の和歌に、この辺りを読んだ有名な和歌があります。
「夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉鳴くなり 深草の里」

【意釈】夕方になると、野辺を吹く秋風が身にしみる。あー、鶉が鳴いている、この深草の里になぁ。

ネットで調べると、「鶉(うづら)鳴くなり」とは、伊勢物語123段、男に捨てられ、鶉に化身して野で鳴いていようと詠んだ女を暗示しているとあります。

伊勢物語123段
「野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ かりにだにやは 君は来ざらむ」

派生した和歌に定家卿のものもあります。

深草の 里の夕風 かよひきて 伏見の小野に うづら啼くなり」

「うづら鳴く 夕べの空を なごりにて 野となりにけり 深草の里」

平安の頃、東山から深草辺りは、高級別荘地でした。
今では、嵐山や小倉の方が、別荘地に感じますが、平安の御世は、B級貴族の別荘地です。
定家卿も、小倉でなく、深草に別邸があれば、深草百人一首となていたかもしれませんね。

伏見稲荷大社近くに、俊成の墓もあります。
えって、驚くようなところに、あの和歌の大家の墓があるのは、何ゆえでしょうね。

それほど、伏見の深草の地に愛されたのでしょうかね。
それとも、鶉のような思い人がおいでになったのかも知れません。
憎いですね。

和歌の道、それは恋の道でもあるかもしれません。
季節に、恋に、和歌の世界は奥が深いです。
私は、そんな地の近くに住まいしています。
秋の夕暮れ、とまやのような貧家な長屋暮らしですが、それなりに趣きがあります。

そんな雀の食堂で、かつ丼食らうとは、なかなか風情です。
美味かったです。
次回は、かつとじ丼も試してみたいです。
けやんたさん、貴重な情報ありがとさんでした。

やはり、和歌なら、私も派生したものを詠みましょう。

「夕餉には 龍田の味の タレしみて 鶉焼くなり 深草の里」

伏見稲荷参道では、鶉も焼いてあることもあります。
鶫(つぐみ)は、ダメですよ。
禁鳥ですからね。
でも、美味そうです。

鶉も玉子だけでなく、肉も美味いと聞きます。
小さいですからね。
食べる所も少ないです。

日々の暮らしの中に、ささやかな幸せが存在します。
ありがたいことです。
私は、ありがたいことに仏縁を頂いております。

日々の暮らしの中、嫌なことも多いです。
それでも、妙法華経の「柔和忍辱の心」を身にまとい、静かに暮らしたいです。

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。
それが願いです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、雀のお宿、舌切り雀のような話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。