''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

ゆずの実、たわわに実っています より。

朝からいいお天気の予感です。
久しぶりの強い日差しを感じます。
ありがたいですね。

 

昨日は、寒かったです。
雪降る予感がありました。
凍結が怖いです。

 

スクーターは、凍結のスリップの恐ろしさと言うのか、筆舌しがたい恐怖です。
朝の橋の上、橋が凍結しています。
まして、雪降るとなれば、その恐怖は計り知れません。

 

遅い帰宅など、坂道の多い往復路を思うと、恐怖ばかりでしたからね。
その恐怖から、少し回避出来た今の暮らしは、穏やかです。

 

家の近くを歩くと、ゆずでしょうね。
たわわに生っています。
イメージ 1

「桃栗三年柿八年、柚子のアホンダラは十八年」(関西限定の言い方)を聞いた事があります。
ネットで調べると、「柚子の大バカ十八年」とやはり似たような言い回しです。
とりあえず、18年とは凄いです。

 

調べると、柚子は9年と言うのもありますね。
梅が13年で、梨が18年、銀杏なら30年といろいろありますね。
真偽の程は分かりません。
もちろん、接ぎ木すれば、もっと早いのでしょうね。

 

接ぎ木の術と言えば、落語「植木屋」(「植木屋娘」)でしょうね。
米朝さんのが、聞きやすいです。
温厚な和尚さん、訳ありのお寺で世話になっている居候の侍さん、それにイラチの植木屋の主人、その嫁さん、そして、娘と、性格も立ち振る舞いも違う登場人物を上手に演じないと、見ているものが楽しめません。

 

大変な演者の力量の要る噺です。
植木屋さんの幸右衛門さんが、お寺の居候伝吉と、十八になる娘のお光(みつ)を夫婦にしようと画策する噺です。

 

お光は、評判の美人です。
悪い虫が付いてはいけないと、それを心配する父親の幸右衛門さんです。
白羽の矢が立って寺の居候伝吉とお光を二人きりにして、それを家の外の節目から覗こうするつもりです。(悪趣味)

 

酒肴を用意して、伝吉を迎えます。
そして、お光に酌をさせる。
いい時期を見計らって、「あー、得意に植木、持っていかんならん」と抜け出す算段の幸右衛門さんです。

 

嫁さんは、風呂屋にやっています。
しかし、帰ってきます。
「もういっぺん行けや、アホンダラ」とここでも、アホンダラが出て来ましたね。
再度風呂屋に行く嫁さん、何とも気ぜわしい話です。

 

その場は、何もなく収まります。

 

ただ、縁とは不思議なものです。
娘と伝吉は、たった一度の・・・。
お光は、懐妊です。

 

それを、嫁が問いただして、相手が伝吉と分かります。
大喜びの幸右衛門さん、和尚さんに伝吉を養子に貰いたいと言い出します。
しかし、居候の伝吉は、500石武家の跡取りです。
養子にくれないと、寺に火をかけると脅します。

 

当の本人が、養子に行くと言い出して、こちらは丸く収まる話です。
米朝さんの噺は、住職と植木屋の会話の中、「これこれ、なんぼなんでも、侍の家を取ったり継いだりでける(出来る)かいな」を、「接ぎ木も根分けも、うちの秘伝でおますがな」に変えあります。
こちらの方が聞きやすいですね。

 

もちろん、腕のいい植木職人でもある幸右衛門さんが、秘伝の接ぎ木・挿し木もじっくり教え込みますよね。
植木屋だけに、植木屋の家も、養子という手段で家を継ぐことに成功です。

 

この話の元々のサゲは、あまり面白くないですから、無かったとしてもいいでしょうね。
枝雀さんは、「わが子を思う親の一念が通じましたものか、目出たく一対の夫婦が出来ます、植木屋娘でございます」、と高座を下りましたと聞きます。
その方がいいかもしれませんね。
こう締めくくったら、講談調になってしまいますけどね。(エンターテイメント日誌 参照)

 

腕のいい接ぎ木なら、ゆずも予定の18年より、数年早く実が生りますよね。
料理にも、お風呂にも楽しめるゆずです。
香りが命です。
「花の命は短くて・・・」
林扶美子の一節が浮かびましたね。

 

「梅は匂ひよ 木立はいらぬ 人はこころよ 姿はいらぬ」
これも、林扶美子の名言でしょうね。
過去の記事にも書いています。
ゆずも、香りが命でしょうかね。
柑橘の酸味も私は好きです。

 

人は心ですよね。
でも、姿もいい方がいいですよ。
容姿端麗で、匂い立つような色香も必要ですよ。
品のいいのがいいですね。
可憐や清楚という言葉にそそられます。

 

茶室で言うなら、白い椿か白い梅でしょうかね。
やはり、真っ赤な鶏頭や匂いの強い金木犀は、似合わないですよね。
数も一輪か二輪です。
いっぱいは要りません。

 

ゆずは、たわわに実るのを見るのはいいですね。
この花の少ない時期には、眼にはご馳走です。

 

花を見て、月を見て、ポン酢で鍋を食らい、酒を呑む。
至福です。

 

日常の中に、ささやなな幸せを見つけられます。
ありがたいですね。
これも、ありがたい仏縁のお蔭です。
ありがたいと感謝しています。

 

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らすのが、願いです。

 

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

 

最後まで、幸せへの成功の架け橋のゆずの話に、お付き合い下さいまして、心より礼申し上げます。