朝からどんよりした天気です。
それでも、時々晴れ間が見え、天気予報に反して、何とか一日持ちました。
夕刻から、西日本は荒れると聞いていましたからね。
それでも、時々晴れ間が見え、天気予報に反して、何とか一日持ちました。
夕刻から、西日本は荒れると聞いていましたからね。
そんなこんなで、今日21日は、東寺の弘法市の日です。
昼間行って来ました。
市には、食べ物から、衣類、書画、陶器、骨董の類が並びます。
テレビではお宝鑑定団が、依然としてブームです。
昼間行って来ました。
市には、食べ物から、衣類、書画、陶器、骨董の類が並びます。
テレビではお宝鑑定団が、依然としてブームです。
鑑定団では、曰くの付くものは、なかなか信憑性がありません。
先日見た中国の玉衣は、あれは偽物ですよ。
あんなの世に残っていれば、世界のお宝です。
先日見た中国の玉衣は、あれは偽物ですよ。
あんなの世に残っていれば、世界のお宝です。
まず、中国政府が、国外には持ち出しさせません。
それ以上に、即刻返還を求めます。
国際問題になります。
それ以上に、即刻返還を求めます。
国際問題になります。
中国は、自分の物も、人の物も、まずは所有を主張する国です。
日本固有の領土の尖閣諸島も、油田があると分かると、所有権を主張し始めます。
そんな国が、自国の宝が、非合法ら持ち出しされたら、それこそ、それを口実に攻めて来ます。
日本固有の領土の尖閣諸島も、油田があると分かると、所有権を主張し始めます。
そんな国が、自国の宝が、非合法ら持ち出しされたら、それこそ、それを口実に攻めて来ます。
兵馬俑の発見は、世紀の大発見でしたからね。
まだ、本の一部しか、調査も終わっていないようです。
中国には、こうした本当のお宝がまだまだ眠っています。
エジプトといい、中国といい、歴史の長い国には、まだ存在すら知られていないお宝が眠っています。
まだ、本の一部しか、調査も終わっていないようです。
中国には、こうした本当のお宝がまだまだ眠っています。
エジプトといい、中国といい、歴史の長い国には、まだ存在すら知られていないお宝が眠っています。
そんなお宝は無理でも、古唐津や古伊万里なら、骨董市でも見つけられます。
贋作も多いです。
もちろん、贋作として正当な料金で売られています。
売り手も、本物じゃなら写しだと教えてくれます。
そん辺が、東寺の市の面白さです。
贋作も多いです。
もちろん、贋作として正当な料金で売られています。
売り手も、本物じゃなら写しだと教えてくれます。
そん辺が、東寺の市の面白さです。
毎月同じところで商売されている方が、大半です。
変な商いは出来ません。
その分、何度か通えば、信頼も出来ます。
でも、いい本物も安く手に入れる方法もあります。
皿にしても、大抵は、5客で売られています。
それが、一枚欠けたり、一枚だけで売られていることも多いです。
こうした時は、大変安く手に入ります。
変な商いは出来ません。
その分、何度か通えば、信頼も出来ます。
でも、いい本物も安く手に入れる方法もあります。
皿にしても、大抵は、5客で売られています。
それが、一枚欠けたり、一枚だけで売られていることも多いです。
こうした時は、大変安く手に入ります。
弘法さんの骨董市は、こうした楽しみがあります。
酒器も、徳利やら銚子やら、杯、ぐい呑みやら、値段の手頃なものから、数万円もする高価ものまで、幅広いです。
今日見たとっくりも凄かったです。
それだけ浮き出ています。
酒器も、徳利やら銚子やら、杯、ぐい呑みやら、値段の手頃なものから、数万円もする高価ものまで、幅広いです。
今日見たとっくりも凄かったです。
それだけ浮き出ています。
そば猪口も、人気です。
いいのがありました。
いいなって、近づいて、そば猪口の値段を見たら、3万8千円です。
うーん、微妙な感覚です。
いいのがありました。
いいなって、近づいて、そば猪口の値段を見たら、3万8千円です。
うーん、微妙な感覚です。
染付けのそば猪口は、意外に高いものです。
百均の商品とは、感じが違います。
同じと言われる方も、いるでしょうね。
百均の商品とは、感じが違います。
同じと言われる方も、いるでしょうね。
でも、いいものばかり見ると、百均の商品にない鈍いものがあります。
年代による時間の経過です。
年代による時間の経過です。
それも、いいものばかり見ると、図案や図形の面白さが違います。
手書きとプリント書の違いほどあります。
安いものは、絵付けも、図案もシャープ過ぎます。
要は、味がないです。
手書きとプリント書の違いほどあります。
安いものは、絵付けも、図案もシャープ過ぎます。
要は、味がないです。
その酒器なども、自分が使い込んでいく過程も楽しいでしょうね。
幾つか、杯持っていますが、古いと言っても、幕末か、明治の初めのものです。
もちろん、手書きの職人さんの仕事です。
丁寧に仕事されています。
幾つか、杯持っていますが、古いと言っても、幕末か、明治の初めのものです。
もちろん、手書きの職人さんの仕事です。
丁寧に仕事されています。
職人が、首を傾げたといいます。
こんなもの、売れないとね。
こんなもの、売れないとね。
確かに、そう思えます。
しかし、料理を乗せると、その銀彩の色の陶板が、何とも言えずにいいものに見えます。
エコと言えば、いいのか、魯山人の才と言えば、いいのか、商魂たくましいと言えば、いいのか、言葉が見あたりません。
しかし、料理を乗せると、その銀彩の色の陶板が、何とも言えずにいいものに見えます。
エコと言えば、いいのか、魯山人の才と言えば、いいのか、商魂たくましいと言えば、いいのか、言葉が見あたりません。
その銀彩に糸巻きと呼ばれる図案を入れると、ぐっと料理屋さん向きの器に化けます。
これが、魯山人マジックです。
食器という単なる道具が、料理を乗せることによって、異次元の芸術を引き出します。
料理も芸術、その空間もまさに珠玉の空間に設えます。
これが、魯山人マジックです。
食器という単なる道具が、料理を乗せることによって、異次元の芸術を引き出します。
料理も芸術、その空間もまさに珠玉の空間に設えます。
床の掛け軸も、花入れも、茶人の茶室とは、趣向が違いますが、時空を超えた無駄の排除というなら、茶室の求めるものに近いです。
まさに、魯山人は、料理というアイテムを使って、器の鑑賞方法を変えた人物とも言えます。
まさに、魯山人は、料理というアイテムを使って、器の鑑賞方法を変えた人物とも言えます。
しかし、絵皿は、料理をあわせるのが、難しいです。
造りやら、炊き合わせなら、まだしも、八寸や先付けのような、盛り付けに絵皿は、どうも不向きです。
上級者向けです。
造りやら、炊き合わせなら、まだしも、八寸や先付けのような、盛り付けに絵皿は、どうも不向きです。
上級者向けです。
あっさりした杉板の八寸皿の方が、盛りやすいです。
色合いに料理が負けてしまいます。
負けると言うより、料理がボケてしまいます。
色合いに料理が負けてしまいます。
負けると言うより、料理がボケてしまいます。
魯山人のあの大胆な大皿に盛る料理の盛り方といい、椿の鉢に日本酒を張り、木杓で汲みいれるなど、思いも因らない演出も上手です。
食の総合プロデューサーと言うべきでしょうね。
そこに、食器というアイテムが、重要になって来ます。
食の総合プロデューサーと言うべきでしょうね。
そこに、食器というアイテムが、重要になって来ます。
料理と言うのは、不思議で、ある程度「器」を決めないと、その仕込みや献立が決められません。
八寸はあれで、向付けがあれで、焼き物があれ、と決めないと、料理の持ち味が消えます。
ですから、いいの料理屋さんは、月換えでお決まりの料理の内容や、器も変えます。
12ヶ月あるなら、ごはんの内容も変える店も多いです。
八寸はあれで、向付けがあれで、焼き物があれ、と決めないと、料理の持ち味が消えます。
ですから、いいの料理屋さんは、月換えでお決まりの料理の内容や、器も変えます。
12ヶ月あるなら、ごはんの内容も変える店も多いです。
この時期なら、筍ご飯です。
もう少ししたら、豆ごはん、夏なら鱧ごはんですね。
お決まりの定食のごはんも、それが楽しみです。
鱧と山椒のごはんは最高です。
もう少ししたら、豆ごはん、夏なら鱧ごはんですね。
お決まりの定食のごはんも、それが楽しみです。
鱧と山椒のごはんは最高です。
最後の晩餐、ごはんの部は、これに決めています。
レシピー持っていますので、作ってみたいです。
素焼きした鱧と炊いた山椒を入れて、炊いた炊き込みご飯です。
美味いこと、美味いことです。
レシピー持っていますので、作ってみたいです。
素焼きした鱧と炊いた山椒を入れて、炊いた炊き込みご飯です。
美味いこと、美味いことです。
お決まりの定食ですら、これですから、会席の器となれば、毎月変わります。
季節感が大切ですからね。
それに、値段設定によっても、器を変えます。
季節感が大切ですからね。
それに、値段設定によっても、器を変えます。
12,000円の会席と、20,000円の会席の器は違います。
椀をとっても、一段上等な塗りの椀を使います。
配膳の盆の塗りも違います。
椀をとっても、一段上等な塗りの椀を使います。
配膳の盆の塗りも違います。
一度、年に何度かしか出ない最高料理は、50,000円だったと記憶しています。
その時の、塗り椀の凄いこと、凄いこと、美術品ですよ。
それにいい本物は、軽いです。
プラスチックかと思うほど軽いです。
木地がよく乾燥しています。
その時の、塗り椀の凄いこと、凄いこと、美術品ですよ。
それにいい本物は、軽いです。
プラスチックかと思うほど軽いです。
木地がよく乾燥しています。
もちろん、保温効果はバッグンです。
時に、椀が引っ付いて離れないこともあります。
簡単なはずし方がありますけど、それでも離れないとこがあります。
時に、椀が引っ付いて離れないこともあります。
簡単なはずし方がありますけど、それでも離れないとこがあります。
料理も器に負けないものでないといけません。
やはり、職人と職人の戦いです。
やはり、職人と職人の戦いです。
骨董の目利きもまさに職人技です。
それが、何より大切です。
それが、何より大切です。
骨董の世界、掘り出し物はありません。
値段に見合う価値があるだけです。
いい商品に、特売品はないですよ。
値段に見合う価値があるだけです。
いい商品に、特売品はないですよ。
店先で、いい商品が、私に向かって、手を振っています。
「ごめん、今日はそんな小遣いはないよ。また今度ね」って、商品を見て楽しむだけです。
いかがわしいお店の呼び込みみたいに、強引さはないです。
「さぁどうぞ、さぁどうぞ」と地味ですが、何か引き込まれる魅力がありますね。
「ごめん、今日はそんな小遣いはないよ。また今度ね」って、商品を見て楽しむだけです。
いかがわしいお店の呼び込みみたいに、強引さはないです。
「さぁどうぞ、さぁどうぞ」と地味ですが、何か引き込まれる魅力がありますね。
まだまだ、そんなことでは、ズブの素人の領域を脱出出来ないです。
修行が足りません。
東寺の弘法さん、毎回が勉強です。
いい品物の目利きには、時間もかかります。
いいものをいっぱい見ないといけないですね。
修行が足りません。
東寺の弘法さん、毎回が勉強です。
いい品物の目利きには、時間もかかります。
いいものをいっぱい見ないといけないですね。
ありがたい仏縁に感謝しています。
日々の暮らしの中、ささやかな幸せを感じます。
それが、ありがたいです。
日々の暮らしの中、ささやかな幸せを感じます。
それが、ありがたいです。
心の三毒を廃し、心静かに安穏に過ごせますように、念ずるばかりです。
今日も明日も、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。
最後まで、心の攻防の話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。