''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

伏見稲荷大社の十石橋から、何かが見える より。

朝からいいお天気です。
昼間なら汗ばむほどの、高い気温になりそうです。

 

銀行に用事があり、ふらりと稲荷大社に参りました。
その時に田植祭のことを記しました。
境内には、大勢の観光客や参拝者です。

 

皆さんは、重軽石へと向かう千本鳥居へ、歩みを進めます。
その途中、横道にそれると、田植えの神事が行われる水田があります。

 

うっすらとして、人気のなくちょっと怖いかもです。
その水田に渡るに橋があります。
その名は、十石橋です。
イメージ 1

大坂から伏見への船も、十石舟とよく聞きます。
落語にも、「十石舟」にもありますね。

 

何故、伏見稲荷の境内に十石橋という名の橋があるか、その経緯は存じません。
十石もあるなら、三十石橋も、五十石橋もあるでしょうね。

 

子供の頃よく見た時代劇と言えば、子連れ狼です。
ご存知、萬屋錦之介さんのはまり役です。
「ちゃん」「大五郎」と親子の柳生に対する復讐の物語です。
オープニングの主題歌と言えば、橋幸夫さんの♪ひとしとぴっちゃん~から始まるのが、有名です。

 

♪ルルルルル…… 小高い丘の城跡の崩れかけた東屋で、その子は父を待っていた。 この日の朝には帰るはずの父であった。 それが三つ目の朝となり、四つ目の夜が来て、 五つ目の朝が雨だった。
歌始めの台詞も、大変趣がありましたよね。
うーん、昭和の香りたっぷりです。

 

でも、この主題歌は、後期のバージョンですね。
前期のバージョンは、少し違います。

 

♪ててごと ははごと ごととごと(五斗と五斗と)と 一石橋で待てばよーい
子供のわらべ歌のような、主題歌『ててご橋』です。
バーブ佐竹さんコロムビアゆりかご会が歌います。

 

当時は、この歌の意味がよく分からなかったですが、ある時物知りの友人が、一石橋という橋が実在すると教えてくれた。
それも、迷子を預かることで有名だったと、その一言も付け加えて教えてもらった。

 

その話を、この十石橋を見て、思い出しました。
これは記事にしないといけないです。

 

一石橋(いちこくばし、いっこくばし)は、東京都中央区にて日本橋川に架かる橋で東京都道外堀通りを通り、南岸は中央区八重洲一丁目、北岸は中央区日本橋本石町一丁目、皇居(旧江戸城)外濠と日本橋川の分岐点に架橋された橋である。

 

北橋詰の本両替町に幕府金座御用の後藤庄三郎、南橋詰の呉服町に御用呉服商の後藤縫殿助の屋敷があり、当時の橋が破損した際に、これらの両後藤の援助により再建された。

 

そのため後藤の読みから「五斗」、「五斗+五斗で一石」ともじった洒落から一石橋と名付けられたと伝わる。またそのまま「後藤橋」とも呼ばれていた。江戸期を通して神田地区と日本橋地区を結ぶ重要な橋であった。

 

江戸期~明治期にかけて付近はかなりの繁華街であり、迷い子が多く出た。当時は迷い子は地元が責任を持って保護するという決まりがあり、地元西河岸町の人々によって安政4年(1857年)2月に「満よひ子の志るべ(迷い子のしるべ)」が南詰に建てられた。
(Wikipedia参照・抜粋)

 

迷子も「満よひ子」なんでね。
それに、てて親、はは親、そして、両後藤家のごとごとだったのですね。
昔の記憶が、鮮明に戻ります。
40年近く経って、物事が解決するのは、不思議です。

 

3歳の大五郎を残して、5日も6日も仕事で帰って来ません。
親としての気持ちを考えると、居たたまれないでしょうね。
しかし、親子して冥府魔道の道を進みます。

 

前期(1・2部)と後期(3部)では、大五郎も変わります。
前期の一人は、市会議員までなって、犯罪者として捕まりましたね。
今だ服役中のようです。
どこまで、冥府魔道の道を進むつもりでしょうね。

 

大五郎も、3部の佐藤たくみ君の方が、私的には良かったです。
拝一刀が円熟して来て、最初の頃の一刀とは、何やら気迫が違います。
萬屋錦之介さんと、拝一刀が同化したような錯覚を感じてみていました。

 

愛刀・胴太貫として、その刀の名が有名です。
今でも、胴太貫は人気の刀です。
ただ、名前は有名ですが、名刀というランクの刀ではありません。

 

話の中では、水鴎流剣術の達人で胴太貫を携えた元・公儀介錯人拝一刀(おがみ いっとう)の設定なら、兼光か景光辺り名刀でも、腰の物にするに設定上不備はないと思います。
それをあえて、胴太貫にしたところが、憎いですね。

 

時代劇に、胴太貫がよく登場します。
特に浪人ものには、ちょうどの刀です。
胴太貫と言えども、刀工は、一人ではありません。
時代を超えて、幾人も存在しています。

 

正式には、同田貫ですね。
上野介を筆頭に、源左衛門、又八右衛門、左馬助、正国、清国など実力者が排出されていますが、個人名を入れないのが慣わしです。
肥後の国の刀工です。
私も手に持ったことがありますが、ずっしりと重く、やはり戦に使う実践的な刀と言えますね。

 

時代劇には、勧善懲悪のすっきりしたものが、見るものを心地よくしてくれます。
この分かりやすさが良いんでしょうね。
日本の映画が、少し元気になりつつあります。
映画やドラマの時代劇も、もっとみたいですね。

 

アニメも、日本刀を手にするキャラクターも多くて、人気です。
今の子供さんの方が、意外に時代劇にはまるかもしれないですね。

 

でも、刀は人切る道具ではありません。
心の拠り所であり、身を守る道具です。
江戸時代の武士が、刀を抜くことはありません。
刀を抜けば、それで人生の終了です。

 

大名なら、江戸城で刀を抜けば、その身だけでなく、お家もなくなれます。
その家臣も、家族も路頭に迷います。
アニメ世代の子供さんにも、その武士の気持ちや心理も、日本刀から学んでもらいたいものです。
日本刀は、人切り庖丁ではありませんからね。

 

ありがたいことに、私は仏縁を頂いています。
ありがたいと感謝しています。

 

日々の暮らしの中にこそ、ささやかな幸せがあります。
それを感じ取れる暮らしは、心豊かです。
ありがたいです。

 

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。

 

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

 

最後まで、人生の迷い子の話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。