''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

嫁の戦利品 『ラ・メゾン白金』のスィーツ より。

少し肌寒いと感じる気温です。
それは、季節的なものでなく、私とゆうゆうが風邪をひいているからでしょう。
最悪の状態です。

花粉症とは違うので、やはり風邪でしょうね。
田舎モノですから、花粉症には、50歳を超えてもなっていません。
いろいろと辛いと聞きます。
それじゃ、お花見もイケないと聞きます。

話は変わりますが、嫁が仕事場でいろいろな頂き物をしてくれます。
もちろん、私もその御相伴に与っています。
2歳児ゆうゆうも、その一人です。
イメージ 1

今回の品は、東京・白金のフレンチレストラン「ラ クープドール」から誕生したショコラブランドの『ラ・メゾン白金』のスィーツです。
チーズケーキを頂きましたが、大きさといい上品な感じがします。
2歳児ゆうゆうも、パクついていました。
ショコラの方は、御相伴頂けずに、嫁独占状態です。
こちらも、旨そうな感じがしています。

ゆうゆうが狙っています。
ちょっとこちらは、口には大きすぎますので、食べさせるのは、危険です。
その為の嫁の独占状態の作戦も、順当な策です。

最近になって、頂いたいいお菓子を食べさせると、味に興味を持っているようで、食い意地が張っています。
少し怖いです。
でも、食に興味があるのはいいことだと思っています。

食は人間の根源です。
食べずに生きてはいけません。
何かの命を頂いて生きらけないのは、人間の業(ごう)です。

でも、美味しく食べられるように工夫するのは、悪いことではありません。
食べずに捨てられる食材が多いのは、現代社会の問題になっています。
食品ロスと言う形で、マスコミでも取り上げられます。
コンビニのおにぎりやパン、季節限定の節分の恵方巻きなど、食べられずに、廃棄されるのは、何か本末転倒です。

すぐに世の中には、食べられない方も多いと注意する年輩の方もいますが、それを子供に言っても分かりません。
それこそ、「罪無くして配所の月を見る」ですよ。

雑誌「サライ」の第7代最高裁裁判所長官「藤林益三」編で書き記してあるのを思い出します。
キリスト教を信じておられた方でもあります。
随所に聖書の引用があって、仏教徒の私にも宗教と言う存在の意義について、共感できましたね。

その中に「罪なくて見る配所の月」と言われているのがありました。
行刑学者がためしに刑務所に入ってみたって、受刑者の本当の心はわからない。健康な人が体験入院してみたって、病人の気持ちはわからん。」という下りがあります。
座右の銘に上げられているものに《涙とともに蒔く者は、喜びとともに刈り取らん》『旧約聖書』の言葉を上げられ、神様への感謝の気持ちが述べられていました。
これには、感銘を受けました。

本当の空腹すら感じたことのない現代の子供に、食べられない方がいると言っても分かりませんよ。
それなら、休日朝から晩まで何も食べずに、空腹を体験させた方がいいでしょう。
昼ごはんを抜くだけでも、よく分かります。
空腹が、料理の最高の調味料ですからね。

配所の月と言うと、講談の「宇喜多秀家 配所の月」を思い出します。
関ヶ原の戦の敗北により、島津の嘆願を得て、島生活50年、4代将軍・家綱の時代である明暦元年(1655)11月28日、八丈島の配所で83歳で没したと聞きます。
どんな心境だったかと思えば、やはり、感慨深いですね。

たまたま、関ヶ原で副将格にあっただけです。
それ以前に、豊臣の一族に近い扱いを受けていましたからね。
主家の豊臣家を守っただけですから、ある意味戦に負けた以上無念は無かったのかもしれません。
複雑な心境は、本人にしか理解できません。

無念と自負といろんな心の葛藤に、まるで化学変化ないたなものがあるんでしょうね。
化学変化なら、両者の間で酸化還元反応が生じると、イオン化されますからね。
学校で習ったイオン化傾向の覚え方「貸そうかな、まああてにするな、ひどすぎる借金」を思い出しますね。
もちろん、最後の借金は、白金と金のことですよね。
これで、『ラ・メゾン白金』のスィーツに繋がりました。

意外と遠回りました。
八丈島ほどの遠回りはしていません。
そろそろ、4月ですから、藤林益三氏のご命日が近いです。
再度、「サライ」のインタビュー記事を読み返したくなりました。

日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、心静かに暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいです。