''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

彩り盛りした冷たいぼっかけ稲庭うどん より。

朝から強い日差しです。
午前中に、2歳児ゆうゆうと散歩に行きました。
昨晩は、近くの公園で盆踊りがあったので、親子3人して出かけました。

 

散歩の途中に、その公園があります。
今日も朝から撤収作業をやられていましたよ。
我が家は、地域の行事事には、なるべく参加するようにしています。

 

昨日の昼も暑かったです。
そこで、我が家のランチに選択したのが、嫁がネットで購入した訳ありの稲庭うどんです。
訳ありと言っても、節がある部分が入っていると言うだけです。

 

禅の言葉、禅語に、「松無古今色 竹有上下節」(松に古今の色無し 竹に上下の節あり)と言うのがあります。
竹に節があるのは、当然の事です。

 

仏法世界では、皆平等で言いながら、現実の現世では、差別区別があるのは、当然の事です。
社会的、経済的、出自、門地、性別、あらゆる事で、差別区別されています。
芳賀幸四郎氏の言葉を借りるなら、平等即差別、差別即平等ですね。

 

雨あられ雪や氷とへだつれど 落つれば同じ谷川の水」by 一休禅師

 

さすが一休さんだと頷いてしまいます。

 

そうめんや稲庭うどんのように、竿に干して製造する麺には、節は付き物です。
その節が付いた訳あり商品でも、味に違いはありません。
イメージ 1

それを冷やし中華よろしくとばかりに、彩り盛りにしました。
写真は、2歳児ゆうゆうに盛りつけた稲庭うどんです。
もちろん、汁を上から掛けてぼっかけうどんにしましたよ。

 

料理では、「ぼっかける」と言う言葉があります。
しかし、それを知らない方が、「ぶっかける」と聞き違って、最近では「ぶっかけうどん」と言う名前を見受けることもあります。
その真逆の説明になっていることもよくあります。
私は、当時の板長から「ぼっかける」の話を聞きましたね。

 

ぼっかけと言うと、神戸長田のすじこんをイメージされますが、福井のぶっかけは、熱々のごはんに汁を掛けた食べ物です。
そう具沢山にした麺に、汁を掛けるスタイルを意味すると思っています。

 

汁は、熱いものでも冷たいものでも、麺に掛けるを意味してると思われます。
汁の中に、うどんやそばを入れるのでなく、盛りつけた麺に、汁をかけるタイプです。

 

どちらにしても、ザルうどんとは、少し趣が違います。
麺も具材も楽しめる点で、食欲の落ちる夏場には、いいと思います。

 

具材の盛りも冷やし中華風に、錦糸玉子、胡瓜、カニカマ、ゴマです。
大人には、この上に、とろろを乗せています。

 

なかなか美味いです。
休日の家のランチタイムなら、大満足です。
ゆうゆうも麺ならよく食べますね。

 

まだまだ、熱い夏はこれからが本番です。
何とか乗り切りたいです。
それとも、文宗皇帝をまねて、「薫風自南来」(薫風、南より来る)と嘘ぶいて、見るのもいいですね。

 

世の中のそれぞれの世界のトップたる者は、下々のモノに対する配慮が、欠けていると感じるのは、私だけではないでしょう。

 

郡司(郡司 信夫)さんの採点、どうですかね?
もちろん、10-1で、世論の勝ちでしょうかね。
公費の援助がある時点で、暴力団との関与が出てくる時点が、タオルが投げ込まれたのと、同じです。

 

我が家は、分相(文宗)応の暮らしがあれば、親子三人十二分に幸せです。
「人皆苦猛暑 我夏日長 薫風自南来 貧家生微涼」
(氷は、アイスと呼んで下さいね。今日はここしか笑うとこないですよ。ねぇー、とおるちゃん!!)

 

精神的に涼を求めたいです。
ありがたいことです。

 

日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。