いい天気になっています。
今日も、日中は少し汗ばむかもしれません。
暖かい方がいいです。
首センサー、クビダス(かんとうしょうえの造語)も、低確率です。
今日も、日中は少し汗ばむかもしれません。
暖かい方がいいです。
首センサー、クビダス(かんとうしょうえの造語)も、低確率です。
しかし、肩に違和感を覚えます。
暖かくなっても、違和感と痛みを感じます。
湿度の関係でしょうかね。
それとも、精神的なストレスが原因でしょうかね。
暖かくなっても、違和感と痛みを感じます。
湿度の関係でしょうかね。
それとも、精神的なストレスが原因でしょうかね。
行楽日和かもしれません。
ゴールデンウイークも長い方は、今週の日曜日までの方もおいでです。
1週間以上、仕事を離れれば会社に行きたくなくなりますよね。
仕事をせずに暮らせたらと、誰しも思います。
たまに休みや連休があるから、楽しいのでしょうね。
ゴールデンウイークも長い方は、今週の日曜日までの方もおいでです。
1週間以上、仕事を離れれば会社に行きたくなくなりますよね。
仕事をせずに暮らせたらと、誰しも思います。
たまに休みや連休があるから、楽しいのでしょうね。
朝も昼過ぎに起きて、ブランチ替りのパスタに朝シャン(シャンパン)、昼にはゆっくり音楽聞きながら、本や書物に目を通す。
優雅に暮らしてみたい誰しも思います。
それが日常なら、これほどの安穏な過ごし方はないですよね。
優雅に暮らしてみたい誰しも思います。
それが日常なら、これほどの安穏な過ごし方はないですよね。
現実は、あくせく働く、返って慰労酒の晩酌をする。
これも額に汗して働く、ささやかな日常です。
これも額に汗して働く、ささやかな日常です。
ノンアルコールの時は、目覚めもいいですね。
もろちん、異のムカムカもないです。
じっくりと睡眠した気になります。
これも幸せです。
悪くはないです。
もろちん、異のムカムカもないです。
じっくりと睡眠した気になります。
これも幸せです。
悪くはないです。
そんな時、煎餅やら菓子を食すことがたまにあります。
それも至福です。
先日頂いた「嵯峨乃焼」です。
京都長岡京市の株式会社小倉山荘の煎餅です。
昔の職場では、よく頂きました。
大変おいしゅうございます。
それも至福です。
先日頂いた「嵯峨乃焼」です。
京都長岡京市の株式会社小倉山荘の煎餅です。
昔の職場では、よく頂きました。
大変おいしゅうございます。
和歌や俳句を織り交ぜてあります。
もちろん、商品のネーミングにもそれらが使われています。
この嵯峨乃焼は、私の郷里にも、「はりま焼」と言うのがあります。
本社は、播州でなくもっと上の生野だったと記憶しています。
子供の頃から大好きなお菓子の一つです。
もちろん、商品のネーミングにもそれらが使われています。
この嵯峨乃焼は、私の郷里にも、「はりま焼」と言うのがあります。
本社は、播州でなくもっと上の生野だったと記憶しています。
子供の頃から大好きなお菓子の一つです。
この嵯峨乃焼、味はこのはりま焼に似ています。
海苔の加減が、四角か、長細いかの違いです。
サクサク感は、はりま焼の方が、軽くて私の好みです。
この辺は、育った環境によるくらいで、好みの問題です。
味は、甲乙つけがたいと、評価しています。
海苔の加減が、四角か、長細いかの違いです。
サクサク感は、はりま焼の方が、軽くて私の好みです。
この辺は、育った環境によるくらいで、好みの問題です。
味は、甲乙つけがたいと、評価しています。
この「嵯峨乃焼」の裏には、百人一首97番の定家卿の和歌が載っています。
「 こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ 」
何とも恋の切ない歌ですね。
健保六年(1218年)内裏の歌合の恋の歌 とあります。
800年も前の歌にしては、今もその気持ちが分るのは、人として同じかもしれません。
健保六年(1218年)内裏の歌合の恋の歌 とあります。
800年も前の歌にしては、今もその気持ちが分るのは、人として同じかもしれません。
醤油味の煎餅と、焼き塩と歌では、醤油味でなく、塩味の煎餅にした方がいいような気もします。
この辺は、辻褄が取れていないと感じるのは、私だけでしょうかね。
多分味でなく、砂浜に藻塩を焼く姿の風景と煎餅の模様になぞられていると思います。
その辺は、いい話です。
この辺は、辻褄が取れていないと感じるのは、私だけでしょうかね。
多分味でなく、砂浜に藻塩を焼く姿の風景と煎餅の模様になぞられていると思います。
その辺は、いい話です。
平安の御世、藤原氏の有力貴族は、こぞって別荘を作りました。
特に東山から伏見深草辺りを好んだようです。
もみぢの東福寺も、極楽寺その後の宝塔時といい都より東側は、特に好まれた里でした。
今の我貧家もその辺りに近い伏見の地です。
特に東山から伏見深草辺りを好んだようです。
もみぢの東福寺も、極楽寺その後の宝塔時といい都より東側は、特に好まれた里でした。
今の我貧家もその辺りに近い伏見の地です。
二流三流の貴族は、反対に都の西側、嵯峨の地に別荘を作ったようです。
今では、あべこべの感もあります。
嵯峨・嵐山と言えば、誰しも憧れる景勝地です。
桜といい、もみぢといい、休日にお弁当持って一日過ごしても楽しいです。
今では、あべこべの感もあります。
嵯峨・嵐山と言えば、誰しも憧れる景勝地です。
桜といい、もみぢといい、休日にお弁当持って一日過ごしても楽しいです。
定家の墓と呼ばれる墓も嵯峨にもあります。
何とも子供の公園の片隅に、ひっそり貧疎で、あの高名な定家の墓とも思えません。
何とも子供の公園の片隅に、ひっそり貧疎で、あの高名な定家の墓とも思えません。
死しても名を残す。
それも800年経っても、今でも口ずさむ和歌です。
和歌の世界は凄いですね。
それも800年経っても、今でも口ずさむ和歌です。
和歌の世界は凄いですね。
その800年近く後に、我貧家もあります。
静かなところです。
少し奥まっていますので、道路の車の音もしません。
裏のとま屋の、秋の夕暮れを楽しめる場所でもあります。
風情深いところは、今も楽しんで暮らしています。(ラブ注入です。こする方のラブかもです)
静かなところです。
少し奥まっていますので、道路の車の音もしません。
裏のとま屋の、秋の夕暮れを楽しめる場所でもあります。
風情深いところは、今も楽しんで暮らしています。(ラブ注入です。こする方のラブかもです)
今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。
最後まで、香ばしい煎餅の話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。