私の得意な百均価格です。
そう100円で求めました。
内容は、数万円以上のものだと感じています。
そう100円で求めました。
内容は、数万円以上のものだと感じています。
この他にも、こうしたすでに手に入ることの出来ないものを、同様の低価格で求めます。
付属品であったり、パンフレットであったりと、本体と分離している物も多いです。
これもまた、古書の醍醐味です。
![イメージ 1](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kantoshoue/20190807/20190807133019.jpg)
表紙は、「小野小町集」です。
紙にも模様の入っている趣のあるものですね。
付属品であったり、パンフレットであったりと、本体と分離している物も多いです。
これもまた、古書の醍醐味です。
![イメージ 1](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kantoshoue/20190807/20190807133019.jpg)
表紙は、「小野小町集」です。
紙にも模様の入っている趣のあるものですね。
藤原定家(応保二~仁治二(1162~1241))、小倉百人一首の原刑を作られたりしたことで、長くその名が後世にまで記されています。
『新古今和歌集』、『新勅撰和歌集』を撰進としてもその功績は大きいですね。
『新古今和歌集』、『新勅撰和歌集』を撰進としてもその功績は大きいですね。
また五十六年に及ぶ記事が残されている日記『明月記』を記したことでも有名です。
波乱万丈の人生とは、別に和歌の世界では歌聖と言えます。
波乱万丈の人生とは、別に和歌の世界では歌聖と言えます。
お家柄も良いです。しかし、その激しい性格が人生を変えることになります。
また、妻の西園寺実宗女(公経の姉)の実家の縁から、九条家に仕えます。
これが人生復帰のご縁ですね。
![イメージ 2](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kantoshoue/20190807/20190807133025.jpg)
これもこれうき世の色をあちきなく
秋のゝはらの花のうはつゆ
あきのきて風のみたちしそらをたに
とふ人はなきやとのゆふきり
見わたせは花も紅葉もなかりけり
うらのとまやの秋のゆふくれ
また、妻の西園寺実宗女(公経の姉)の実家の縁から、九条家に仕えます。
これが人生復帰のご縁ですね。
![イメージ 2](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kantoshoue/20190807/20190807133025.jpg)
これもこれうき世の色をあちきなく
秋のゝはらの花のうはつゆ
あきのきて風のみたちしそらをたに
とふ人はなきやとのゆふきり
見わたせは花も紅葉もなかりけり
うらのとまやの秋のゆふくれ
と少し探すと今でも、その字を読むことが出来ます。
有名な秋の和歌が入っていますね。
定家卿の自筆の「拾遺愚草」です。
有名な秋の和歌が入っていますね。
定家卿の自筆の「拾遺愚草」です。
字の感じからでは、穏やかな感じの方に思えます。
草案なのか、紙に模様などは入っていません。
本当の定家卿の記録です。
草案なのか、紙に模様などは入っていません。
本当の定家卿の記録です。
王朝の雅な文化、特に和歌の分野では、多くのことが現在にも記されています。
定家卿の言われる「有心(うしん)」とはどのようなものか、凡夫の私には理解できません。
しかし、歌読みには、心を表現するものだということは分かります。
それがテクニックとしてだけでなく、人間の本質の精神世界でもあるように感じます。
定家卿の言われる「有心(うしん)」とはどのようなものか、凡夫の私には理解できません。
しかし、歌読みには、心を表現するものだということは分かります。
それがテクニックとしてだけでなく、人間の本質の精神世界でもあるように感じます。
形あるを教えるは、ある程度まで教えられても、形ないものは教わるには、その生き方・ものの考え方を含めた仏法の「十如是」のようなものの上に、「無心」の境地に達するものと考えます。
定家の書は、父の俊成と同じく法性寺流より入りましたが、偏癖な別の書風を成すと言われます。江戸時代には、小堀遠州らに大変に愛好され、この書風を定家流と称して大流行させたといいます。
(『ウィキペディア(Wikipedia)』一部抜粋、参照)
(『ウィキペディア(Wikipedia)』一部抜粋、参照)
書には、こうした息遣いを感じることがあります。
これが、800年ほど前の実際の定家卿が書いたと思うと感慨深いですね。
これが、800年ほど前の実際の定家卿が書いたと思うと感慨深いですね。
今あるのは先人があるが為です。
一人でも欠けると今の現代がないかもしれません。
一人一人が歴史の歯車をなしています。
生かされていると感じます。
一人でも欠けると今の現代がないかもしれません。
一人一人が歴史の歯車をなしています。
生かされていると感じます。
それぞれに天命があり、天命を外れて生きることはできないと考えています。
にもかかわらず、天の声に耳をかさず、生きる人間の多いこと、多いことです。
不思議なことは多いです。
にもかかわらず、天の声に耳をかさず、生きる人間の多いこと、多いことです。
不思議なことは多いです。
ありがたいことにも私は仏縁を頂いております。
生かされていることは、ありがたいと感じることがあります。
生かされていることは、ありがたいと感じることがあります。
時代は幾度と変われども、少しだけ四季を感じ、自然を感じる生活を送らせてもらっています。
時に、和歌に心を癒されることもあります。
時に、和歌に心を癒されることもあります。
古人(いにしえびと)とのご縁が、時代を超えて、今日あります。
また、京都に地に縁あって住まいしています。
ありがたいことと感じています。
また、京都に地に縁あって住まいしています。
ありがたいことと感じています。
今日も平穏無事に過ごせることのありがたさを、身を持って感じます。
最後まで、和歌らないままの話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。