''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

我が家の食卓ものがたり 家で作った特製ピザ より。

暑いですね。
この言葉で、ストレスを払います。(暑いですねって、同意してね)

朝から、戦後70年の総理談話のニュースが流れています。
戦後70年終戦記念日であり、お盆の最中でもあります。

太平洋戦争の総括的な談話をどうとらえるのか、やはり、難しいと思います。
その半面、日本の影響で、東アジアの独立が加速したのも事実です。
そうした東アジアの周辺の国々の中に、日本との友好的な感情を持つ国もあります。
先日、天皇皇后陛下が、ご訪問されたパラオもその一つです。

統治機構の中には、最も豊かな時代であったと回想される老人の話に、耳を傾けました。
国際的な関係から、国交のない台湾も、今でも日本語を使われる老人も多いです。
そう思うと、国際政治的な感覚で、反日的になっておられる国の存在が、浮かび上がります。

戦争と言う悲劇の中に、すべて悪であった訳がないと思います。
大国に、民族性の相違もあり、直接統治すべき意味がないと、思われた国に、金銭的な支援をなして、インフラ整備して、今あるのも事実です。
詫びる反省も踏まえながら、本当の真実が、そこに封印されたままだと思われます。

南京大虐殺と言えば、中国史上に残る日本が行った残虐行為です。
しかし、虐殺された 20 万人以上 (極東国際軍事裁判における判決、松井司令官に対する判決文では 10 万人以上)、30 万人以上(1947 年の南京戦犯裁判軍事法廷軍事法廷)と言われる数も、当時の市民の人口以上数字が、意図も簡単に記されています。

信ぴょう性のない数字や当時の写真の使い回しなど、事件があったことと、政治的なプロパカンダとしての扱いで、真実の姿が見えて来ません。

勝てば官軍、負ければ賊軍となります。
常に、勝者の歴史です。
本当の事実を知り、その上で謝罪すべき所と、そうでない所の区別が必要だと思います。
終戦ではなく、やはり、敗戦です。

その敗戦の中から、今日の日本があります。
多くの犠牲者の冥福を祈りたいです。
戦後70年、政治的な思惑の無い本当の真実を知る必要もあると思います。

難しい話から始まりました。
でも、戦後生まれの戦争を知らない世代として、何が真実なのかを知る必要があると思います。
常に、歴史の功罪があるはずです。

戦後になって、いろいろな変化が起こりました。
文化であったり、風俗であったり、食生活であったりです。

特に私達世代は、その変化がもっとも大きかった世代とも自負しています。
その中でも、食生活の変化が、著しかったと思います。

その一つの要因が、テレビでしょうね。
テレビで知らなかった食べ物や文化の紹介です。

その一つの要因が、給食でしょうね。
家で食べる食事には、ある程度の限界があります。
母が作れるものに、限界があるからです。

戦後、普及した食べ物の中に、カレーライスがあります。
もちろん、我が家でも、子供の頃のカレーはよく出ました。
今のようなカレーでなく、カレー粉ベースのカレーから、カレールーベースのカレーに移りつつあった過渡期です。

キャンプなどにも、カレーが付き物でしたね。
子供会の催しにも、みんなでカレーライス食べた記憶があります。
もちろん、子供ですから、バーモントカレー甘口です。

給食の中で人気だったメニューには、カレーシチューがありました。
当時、まだ米飯給食ではなかったので、カレーライスでなく、パンと一緒に食べるカレーシチューです。

何とも言えない味わいが、当時の記憶を呼び起こします。
それに、焼きそばも人気メニューでした。
焼きそばと言うより、混ぜそばでしたね。
今食べると異様なもの感じそうですからね。

たまに連れて行った貰った喫茶店では、ナポリタンスパゲッティーやオムライスが、私のお気に入りでした。
でも、小学生高学年近くになると、ピザが登場します。

当時、ピザと言う言葉が、言葉遊びにもなりましたね。
「ピザと言う言葉を、10回言います」、そして、腕を曲げた角を指して、「ここは?」と聞けば、「ヒザ(膝)」と言うのが定番です。
本当は、「ヒジ(肘)」ですよね。(昭和の笑いを感じます)

本格的なピザ(ピッサァ)を食べるのか、もっと成人になってからです。
それまでは、出来合いのピザをオーブントースターで焼いたものが、ピザでしたからね。
その頃専用なチーズとソースが売られて、トーストでも、簡単にピザトーストが作れるようになりました。

家のポストに、毎週のように宅配ピザのちらしが入っています。
昨日、それを見た妻が、ピザが食べたいと思い立って、生地から作って焼いたのが、昨晩のごはんでした。
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郷里播州からもらったプチトマトに、ピーマン代りのしし唐など、チーズとソーセージをふんだんにこれでもかって乗っけた我が家のピザです。

形は置いておいて、味は宅配ピザより、格段に美味かったです。
生地が美味いんです。
レトルトで売られているようなピザに比べると、嫁に家で焼いてと、おねだりしそうです。
生地をこねて、麺棒で伸ばして、ここに具材を乗っけ盛です。

フレッシュトマトとバジル入りのソーセージが、よく合います。
妻に一言、「タバスコがあれば、もっと最高」と言ったくらいです。
ピザには、タバスコでしょう。
本場イタリアでは、タバスコはかけませんけどね。

もちろん、ナポリタンにもタバスコです。
タバスコを愛するタバラ―としては、もっと普及させたいです。
白菜の漬物にも、豆腐にも合います。

我が家で、生地から作ったピザが食べられるとは、夢にも思わなかった私です。
美味しかったよ。
ありがとさんです。

日々の暮らしの中、感謝して暮させてもらっています。
ありがたいです。
心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮したいです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、盃洗する必要のないワインお供の話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。