目には青葉 山ほととぎす 初鰹 (山口素堂)
俗に「目に青葉山ほととぎす 初鰹」と言われますが、正しくは「目には青葉 山ほととぎす はつ松魚(初鰹)」と字余りなんですね。言いにくい気がするからでしょう。
この季節にはぴったりの俳句です。
山ほととぎすも鳥でなく植物の名前と言う説も有ります。でも、ここは鳥のほととぎすにしましょう。なぜなら、青葉を目で見て、山ほととぎすの鳴き声を耳で聞いて、初鰹を舌で楽しんで、季節を肌で感じる。それほどに新緑の季節だと言いたいのだと思います。私の意訳で申し訳にですが、そう思えるのです。ですから、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚等の五感すべてを使うことになります。
かつおは関西では「たたき」が好まれますが、関東では「刺身」でしょうね。刺身のもちもちした食感が美味しいです。手こね寿司も有名です。どっちにしても美味しいです。
英一蝶(はなぶさ いっちょう)ご存じですか?
英一蝶(1652-1724)は江戸時代の絵描きです。ざっくばらんに言い過ぎました。NHKの『元禄繚乱』では片岡鶴太郎さんが演じていました。
元禄時代は、バブルの時代です。
世の中も太平で、経済が発展し商人が使いきれないぐらい金を持ち、訳が分からないように使った時代です。
政治は五代将軍綱吉の悪政です。犬や猫ペットを大切にして、犬を殺せば、人間は死刑の時代です。政治も経済も無茶苦茶な時です。芸術もパトロンが多く、多くの天才を世に出しています。
江戸にいた時は多くの文化人と交わっていました。その中に、松尾芭蕉の高弟の宝井其角(きかく)もおりました。当時の人気絵師は、豪商や旗本、大名との交友も盛んにあり、そのつてで文化人同士の交わりもありました。
そんな中で英一蝶はちょっと政治風刺をしたんですよ。世間は大喝采です。でも、幕府は厳しい罪に処しました。三宅島(みやけじま)へ遠島です。平たく言えば島流しです。一蝶、ときに47歳でした。
島流しと聞くと重労働で生きて帰えれぬ罪と思っているようですが、そうではありません。お金持ちは使用人を連れて行くことも出来ました。島で結婚することもありました。監視はされますが、普通に暮らすだけの事です。江戸には勝手に帰れない、隔離政策です。
話は戻ります。
宝井其角が島流しになった一蝶を思い手紙を出しました。
その中の俳句に
「初鰹 からしがあって 涙かな」 と書いたのです。
初鰹も食べられないでしょうと気持ちを察したのです。
これに一蝶は、俳句を返します。
「初鰹 からしがなくて 涙かな」 と返しました。粋ですね。
ちっとも悪びれるところがない。「罪なんか犯していない。幕府に絵描きが物申したまでだと言いたかった」んでしょう。島ですから鰹は食べれても芥子(和がらし)がなかったんです。江戸っ子気質を楽しんだ一蝶は、芥子の刺激がないのに物足りなかったんです。
結局57歳まで三宅島に流されて、許され江戸に帰ってきます。
すじの通った生き方に驚くばかりです。
そんなこんなで「カツオ」頂くときは、時には英一蝶を思い「カツオ」を食する。
「初鰹 お酒がなくて 涙かな」 by かんとうしょうえ
「感謝」してカツオいただきます。