暑くなると、辛いモノが食べたくなります。
最近流行りの激辛ではありません。
程よい辛さです。
麻婆豆腐でもいいし、鷹の爪の輪切りの入った蒟蒻煮しめでもいいですね。
少量の唐辛子を含んでいればそれでいいです。
昔あった堀川今出川下ルにあった名店の福助亭のカレーうどんも、無性に食べたくなります。
あの辛味は、豆板醬でしょうね。
家でも時々豆板醤をすこし入れて、カレーうどんを作りたくなります。
顎の下のテーブルに汗の池が出来ますからね。
家にも豆板醤が置いてあります。
それじやと、いつものように冷蔵庫と相談して、いっぱいあったキュウリを使って、即席手抜きのキュウリの辛い漬物を作りました。
塩とごま油と豆板醤、それに鶏ガラスープの粉末です。
ナイロン袋に、すべてを入れて、キュウリを細くしてカットしたモノです。
イメージは、叩き胡瓜です。
叩きと言えば、落語の「叩き蟹」を思い出します。
名人左甚五郎が、餅を盗んだ子供に折檻する店の主人の仲介に入って、叩き蟹を与えて、子供のした弁償を持ってくるまでと、その叩き蟹を預けます。
演者の腕の見せ所です。
私の中では、一番温厚そうな左甚五郎の三遊亭圓窓さんですね。
左甚五郎と言えば、浪曲、講談、落語でも登場しますね。
全国に左甚五郎作と伝わる彫り物があります。
本来は、大工さんですが、彫り物もするのが、西の番匠(ばんじょう、大工の意)ですね。
落語「三井の大黒」で、現場で揉めている大工の若衆と甚五郎、それを止めに入る棟梁の政五郎です。
噺は、ここから始まりますが、落語では、この時代の甚五郎の穏やかな人柄です。
浪曲では、三井家から大黒天の彫り物依頼の有った時には、京都伏見に住まいして、丁度藤森辺りに一人暮らししている設定です。
藤森神社さんですね。
その時の甚五郎は、とても人前に出て、人と話を普通にするように方には思えない気難しい職人の設定です。
それが、いろいろと道草をして、江戸にやってくるわけです。
伏見で依頼されて、納品は江戸ですることになりましたね。
大津では、「竹の水仙」にて、細川越中守様に、鶴の一声で竹の水仙を買い求めるが、側用人の大槻刑部に出た。
殿様は、次の本陣で待つとの言葉です。
竹で出来た水仙に花が咲いています。
こんなモノと安く言われて、200両の法外な値段に、話し合いは決裂して、本陣に戻って殿さまに進言です。
値が法外だったので、取りやめたと言っても、美術品の価値は分っている細川の殿さまに、たかだか200両が高いと言うて、気分が乗らないと千両万両でも仕事をしない名人の作を、買い求めできないとなれば、家は断絶、身は切腹の厳しい激が飛びましたね。
落語でも、講談で、浪曲でも、太守級の殿さまと言えば、細川越中守様か、毛利大膳(大夫)と相馬が決まっています。
宿屋の店主は、大槻に殴られたので、300両の法外の上を言って、売却成立します。
甚五郎は、差額の100両は、店主の儲けだと言って、支払いの50両を済ませて清算します。
とは言え、ここのキツイ宿屋の妻がこれまた面白い。
伊勢音頭の帯ってどんな帯? 愉快愉快の浪曲バージョンです。
落語の甚五郎とは少し違いますね。
それも、面白いところです。
面白いと言えば、我が家のキュウリの漬物もいろいろあります。
キュウリのキューちゃんといい、浅漬けといい、この胡瓜の辛い漬物といい、胡瓜の漬物もいろいろと楽しめます。
発泡酒にも合いますし、ごはんのお供にもなります。
暑い最中のごはんとお供には、いいかもしれません。
暑い時だからこそ、体の調整の自助機能を働かせて、元気に過ごしたいものです。
暑くても、食事をしっかりとって、夏バテに対処するのが、いいでしょうね。
食べないとダメですよ。
健康管理も大切です。
子供の健康を気を付けて、元気に過ごしたいです。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。