''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

『新・メシの食える経済学』より。

暑いとは言え、そろそろ秋への心と体の用意は必要です。
秋と言えば、食欲の秋、読書の秋ですね。
レンタルDVDの映画三昧もいいですね。

なかなか、活字が恋しい時があります。
活字に飢えるという事があります。
若い人の活字離れ、いえいえ、若い方だけでなく年配者の方も同じです。
活字を見たり書いたりする機会が少なくなっています。

その一方で、ネット社会と言いながら、偏った方向へと向かう傾向でもあります。
それだけ多極化したと言えますね。

私もブロガーとして、日々文字を書いています。
書くことの喜びや表現することの喜びが、日々のストレスの解消にもなります。
何かを書き記すというのは、大変な活力が必要です。
気持ちも元気、体も元気でないと、その気力が沸きません。

作家さんは大変です。
与えられたテーマで、原稿を書いたりするわけですからね。
評論やコラムならまだしも、小説となると行き詰ることもしばしばあると思います。
それでも締め切りがある訳ですからね。

毎日毎日が戦いであり、苦悩であるわけですからね。
書くという作業が職業となると大変です。
私のように、気ままにブロガーとして、書くぐらいがちょうどいいですね。
それを気づいただけでもありがたいと感謝です。
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いつものように、百均の棚の書籍を物色します。
いくつか気に入った本を購入です。
その一つが、『新・メシの食える経済学』(知恵の森文庫 光文社)です。
経済通の邱永漢氏の本ですね。

経済学でメシが食えるのか、そんなことは私には分りません。
多分、食えないというのが、結論でしょうね。
株で、FXで、大もうけするのは、夢のまた夢です。
私には、そのような才覚はありません。

それでも、メシの食える方法があればと、気軽に購入です。
しかし、お金という媒体を通して、いろいろな出来事が垣間見れます。
その辺は面白いです。

高名な経済学者に金持ちはいないとか、十万石も一粒からだとか、何気ないことから、為になることも多いですね。

要するに、金持ちという形式に拘るのでなく、物やお金を大切に扱うというのが基本ですね。
チャンスは公平やってくる。
これも一理ありです。
ピンチは、ラッキーかもしれません。

物の考え方を、すこし横から見るだけで、物事の見方が変わる。
金持ちという定義も不明です。
10億か、100億か、どんなところから、金持ちというのでしょうね。
ビル・ゲイツ氏のように兆越えぐらいか、アラブの王様を指すのか、なかなか曖昧な言葉です。

やはり、お金はあくまでも、幸せの媒体、アイテムです。
あればあるで、苦労もする。
なければないで、苦労する。

自分の身の程、身の丈にあったお金が相応しいです。
幸せも、おなじだと思いますね。
上を見てもキリがないです。
健康で、する仕事があって、お酒が美味しかったら、この上もない幸せと思わないといけないですね。

四季の花を見て、月を見て、旬を舌で味わい、心穏やかな過ごす。
ありがたいです。

それでも、仕事でイライラすることも多いですね。
言っていることと矛盾もします。
ですから、あえて、心の三毒を廃し、心穏やかに過ごすように努める訳ですね。

やはり、努力が必要です。
努力していると言う気持ちが、ない状態なら、なお更幸せです。
それを目指します。

とりあえず、生きているわけでなく、生かされていると自覚します。
何かの力で、生かされていると感じると、謙虚に生きようと思います。

心静に過ごせるように努めます。
それが、私にとっても「幸せ」でしょうね。
ささやかな「幸せ」の為に、日々の「よかった」探しを続けます。

今日一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、メシの食えない話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。