''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

出町柳の田舎亭のカツ丼を吟味するより。

秋空に、涼やかな寒いくらいの風を感じます。
朝晩は寒いですね。
ふとその寒さに目が覚めます。
朝の6時過ぎです。

いろんなこともあり、なかなか寝付けなかったです。
あれやこれやで、朝の4時半から5時くらいに、うっすら眠りについたくらいです。
うつらうつらしている中、寒さで目が覚めたです。
その後も、うとうとしながら、ゆっくりした寝床で過ごしました。
完全に寝不足です。

寝付けない出来事が、いろいろと生じます。
あれやこれやと人生の迷い道、岐路にあるとも感じます。
まだまだ、迷いの中にいます。

考えても仕方ない、なるようになる。
ありがたい仏縁が、きっといい方向に導いて下さると信じています。
どんな状況になろうともです。

先日の相国寺承天美術館に行く途中、どうしても行きたい場所がありました。
一時、出町柳を仕事場にして時期がありました。
少し懐かしいです。

この出町柳は意外に昼食べるところもありますが、仕事が忙しい時が多く、出前が多かったです。
そんな時、よく出前を取っていたのが、「田舎亭」です。
ここのお気に入りは、まず上げるといると、やはり「カツ丼」です。

久しぶりに食べたくなりました。
無理言って、同行カメラマンを誘いました。
同行カメラマンは、茄子のてんぷらそばを注文です。
意外に美味そうです。

私の口は、カツ丼です。
お店に入ったのは、初めてです。
出前専門でしたからね。
店内も落ち着いた感じで、年配のお客さんも多いですね。

それに力仕事をされているような方もです。
この方はやはりカツ丼を食べて居られました。
やはり人気のメニューです。
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今回は、カツ丼定食(1150円)にしてみました。
カツ丼に、小さいそば、一品と香の物です。

メニューをよく見ると、通常のカツ丼(850円)に小さいそば(150円)なら、1,000円で納まりました。
一品と香の物で、150円アップは必要ないかもですね。
次回は、その手で楽しみます。

カツも厚めです。
昔食べた時とは、すこし違います。
カツももう少し薄めで、揚げの色ももう少し濃かったですね。
とは言え、気持ち味の濃い目のカツ丼のイメージでしたね。
懐かしい味は、美化されてるものでしょうかね。

これもこれで、美味いです。
歳の性もあります。
カツ丼、やはり思いが強いです。
カツ丼と言えば、やはり取り調べの食べ物の定番です。

警察署の近くには、かならずといっていいほど、蕎麦屋うどん屋があります。
もちろん、丼もあるのが出番です。
カツ丼食えば、素直に白状しないといけないようなイメージがありますからね。
誰の脚本から、取調べにカツ丼が枕言葉みたいになっのか、調べたいくらいです。

雰囲気的には、親子丼の方が、人情に持っていけそうな気がします。
鳥と言うのは、不思議な食べ物です。
世界にいろいろな宗教がありますが、鶏肉を禁じている宗教はないと聞きます。
もろちん、仏門に入られた出家の身なら、ダメかもしれませんけどね。

確かに、豚や牛やと食べない宗派もあります。
鳥は、そういう意味では、当たり外れのない食材かもしれません。
しかし、鶏肉嫌いな方も多いですね。
あの鳥皮が嫌なのかもしれません。

逆に鳥皮が大好きな方も多いです。
鳥の皮をぱりっと焼いたところは美味いです。
これだけ賛否ある鳥を、親子丼というネーミングで、玉子でとじるとはよく考えられた料理です。

もちろん、関西では、他人丼と呼ばれる料理もあります。
ミノルフォンレコードの社長でもあった遠藤実氏が、昭和の名曲「他人船」(遠藤実作詞作曲)をこの他人丼からイメージされたというのを聞いた事があります。
深夜やっていた「パペポ」でしたね。
正確には『鶴瓶上岡パペポTV』でしたっけ。

上岡龍太郎氏が、鶴瓶師匠と、二人してしゃべる気ままな番組でしたね。
それも楽しみでしたね。
いろんな雑学座学した記憶があります。

禅と言うのは面白いですね。
例えば、高台の寺から、河が見える。
その河に舟が浮かんでいます。

ある老師が、あの舟を消してみなさいと弟子に言った。
ある者は、目を閉じ、ある者は、障子を閉める。
本当に消し去ることは不可能だとしても、心に舟の存在を消し去ることは可能です。

煩悩も同じとは理解できます。
この世は、仮の「空」です。
どうでもいいことに固執して、悩み苦しむのが人間です。
イライラ虫やウジヴジ虫が、心を占有します。

理解するのと、それらを自分のものに会得するのとは、大きな隔たりがあります。
なかなかそこまで行かずに、イライラやウジヴシしています。
凡夫の定めです。
道はまたまだ遠いです。

ありがたい仏縁を頂けたことは、感謝しています。
静かに手を合わせています。

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。
それが願いです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、鈍な話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。