''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

医師とモラル 福島地方裁判所判決に問う

昨日、産婦人科医に関する福島地裁の無罪判決が出ました。
医療過誤に伴う裁判は近年その数が多くなってきています。
今まで泣き寝入りして来た弱者の患者並びにその家族にとっては、真実を公の法廷の場にて問えることはより良き社会です。

この事件の特異なところはすでに2年も経ち地方裁判所での判決です。通常の殺人や過失致死と変わることがありません。刑事事件として進められている以上、通常医療過誤でなく明らかな犯罪としての要素が強くあることを意味します。民事裁判の金銭示談で裁判を取消してもらうのとは事件の性質を違う犯罪性が強くあると言うことです。

事件については多くの専門家の立場から多くが論じられています。
犯罪に当たるか否かではありません。

もっと根本的なことが問われていません。

医師である以上、人の生き死にに関与することは明らかです。
医師になった以上、それは理解の上での話です。

人の運命は、人それぞれによって天命があり、生まれながらに決まっています。
医師一人の力ではどうにも変えることは出来ません。
そこは、神や仏の世界です。人の人智の及ぶ所ではありません。

その患者の死が医師の力でもどうすることが出来なかったことにより、人の人生が終わったか否かが問題です。

その死に、医師の判断の間違いが死に大きく影響したのか問われています。

それが一番の論点でしょう。
これは誰もが判断することはできません。医療の専門家であろうと法律の専門家であろうと同じです。第三者としての客観的なことは意見として言えます。ただ意見としてだけです。医療方針、医療方法の違いは別にしての話です。

つまり、その場に立会い判断した医師しか分からないんです。
あなたは神や仏に誓って患者の死に影響を及ぼしたのかとこの医師に問いたい。

医師として、人としての良心に問いたいです。
人がなんと言おうと、神や仏に誓って、人として、医師として自分の良心に恥ずべきことがないなら、この判決は正当な判決であったと言えます。

しかし、この医師から患者や家族に対する誠意を感じることは出来なかったと感じたのは私だけでしょうか?

また、そうした亡くなった患者や家族に対する気遣いの部分がマスコミの都合により、葬り去られていたのでしょうか?

その会見の席、そのような態度は感じられませんでした。
医師会の反応も同じです。人の死に対しての真摯な対応がなかったのも事実です。
医師としてのモラルがここにも見え隠れします。
多くの税金と多額高額の保険料を国民にしいておきながら、いざ病気になっても助けてもらえない。その痛感されられる事件となりました。

医療過誤と裁判は、そのすべてをひとくくりに簡単に片付けられることはできません。
本当の真実は、その場の医師しか知ることは出来ません。
医師のモラル、医師としての人の熟成度が大きく左右します。
裁判に先立ち、真実か否か自分の信じる神や仏に誓って真実を述べてもらいたいです。
これより他にすべはありません。

人が人として人生をまっとう出来るか、出来ないかは大切な事です。
人の死を見つめることによって自分の生や死を深く考えます。
人は生きているわけではありません。何かの力によって生かされています。
人の勝手で人の生き死にを変えてはイケません。

今一度生きていることの喜びと感謝の気持が必要です。
人として恥じることは許されません。

ちょっと難しい話で申し訳ないですが、大切な何かが欠落しているように感じたものですから、こころのままに書き記しました。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。


事件・裁判の概要

福島県大熊町の県立大野病院で平成16年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死と医師法(異状死の届け出義務)違反の罪に問われた産婦人科医、K被告(40)の判決公判が20日、福島地裁で開かれた。鈴木信行裁判長は、医療行為と患者死亡との因果関係を認めたが、措置は一般的な医療行為で過失はなかったなどと判断し、無罪(求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。

判決は、医療行為を「身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明」と表現。結果責任だけが問われる医療関係者から上がる「リスクの高い医療はできない」などの切実な叫びをくみ取った結果が、今回の無罪判決といえる。

公判で弁護側の証人に立った産婦人科の権威らが「一切過失はない」と言い切る姿は、国民に「医者のかばい合い」と映ったに違いない。

 今回の事件を契機に、医療事故調査専門の第三者機関、いわゆる医療事故調を設置しようという機運が高まっている。
8月21日8時1分配信 産経新聞 一部引用 参照