「天高く馬肥ゆる秋」とはよく言ったモノです。
土曜日は、まさに快晴でしたね。
少し汗ばむくらいでした。
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
これは、徳川家康の家臣であった本多作左衛門重次が、戦場から妻に送った手紙として広く知られ、簡潔にして、要領を得たこの文の内容は、手紙文の手本として有名ですよね。
本多作左衛門重次とは、別名「鬼作左(おにさくざ)」と言われた剛のモノです。
この「お仙」とは、当時まだ小さかった嫡子・仙千代、後の本多成重ですね。
成重は、丸岡4万6300石の藩主になりますね。
この縁で、現在、丸岡城内には「一筆啓上碑」があると聞きます。
因みに、母は鳥居忠吉の娘ですから、あの関ヶ原の前哨戦の伏見城を死守した猛将・鳥居元忠とは兄弟ですね。
と言う事は、赤穂事件、後の大石内蔵助とは、血の繋がった親戚と言う事になります。
大石内蔵助と言えば、もともと母方の血筋で言えば、池田家の本流です。
そういう意味でも、大看板の武将の血筋だったのですね。
無理して、吉良家に打ち入らずとも、縁戚の力を持ってすれば、千石程度の士官ならか簡単だったにも関わらず、武士の本分を貫いたと言う事になります。
「やっぱり、あんたは偉い!!」 (小松の親分さん風に)
そんな訳で、今年の秋は、家族会で、鳥取にやって来ました。
めざすは、大山です。
晴天で、こんなに綺麗に見えるるのかと言うほどの綺麗な景色でしたね。
もちろん、父母と私と嫁と、愛娘のゆうゆうです。
今年3月の岡山の家族会の旅行以来です。
大阪を出発して、播州で立ち寄って、父母を乗せて、5人で鳥取にやって来ましたよ。
なかなかの旅行感のある感じがしましたね。
移動手段は、自動車です。
ほとんど高速での移動になります。
それでも、4時間も掛からずして、大阪から鳥取まで移動できるのは、凄いです。
松江の文字も、あちらこちに見えます。
思えば遠くへ来たもんだと言う感じでした。
ゆうゆうは、後部座席で、ジジババに挟まれて、揉みくちゃです。
最近のゆうゆうの口癖は、「5人で鳥取へ行くです」でしたね。
ささやかながら、家族会5人の旅行が出来ました。
ありがたいことです。
嫁の力なくしては、出来ないことながら、嫁には感謝するばかりです。
ありがたいですね。
こうしたイベントがあると、結婚してよかったと思います。
80歳半ばのを父、もうすぐ80歳近くなる母には、ささやかな親孝行のまねごとが出来ました。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。