''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

水陸両用バスで、川を渡るツアーより。

今日も、朝から雨はよく降りますね。
ここ数日続いて、各地で通行の障害になっているようですね。
まだ、明日まで続くようですね。

一足早い梅雨と言った気分です。
それでも、雨が降り、川になって海に流れないと、地球の循環はとどこらないことが、自然の摂理です。
致し方ないです。
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先日の北浜のバラ園で、もう一つ不思議なものを見ました。
水陸両用の観光バスです。
「水都大阪タッグツアー」と書かれていますね。
あーと驚く、スポンサーの狙いもはまってしまいました。

凄いです。
ここまでやられると、乗りたくなりますね。
運転者さんは、大型2種免許と船舶4級免許の二つが必要と言うことなのでしょうかね。

でも、少し怖いです。
転覆しそうな気もします。
波の高い日は、運行出来ませんね。

この日は、穏やかでしたからね。
いいモノ見ました。

「0123」と言えば、二つ要素があります。
まずは、「0」と「123」です。
「0」は「無」、「123」は「有」です。
禅の言葉、禅語に「万法帰一」(まんぼういちにきす)と言うのがあります。

言わんとすることは、私のような凡夫にも理解出来ます。
しかし、その本質の「1」とは何でしょうね。
無と有なら、「0」「1」まさしくコンピューターの世界です。

コンピューターに、二進法ですからね。
電気をオンとオフによって、「0」「1」の二進法の世界を作ります。
それの恩恵で、私もブログに投稿することも、記事を読ませてもらう事もできます。

しかし、「1」「2」「3」となれば少し世界が違うよう感じます。
1、2、3と整数は、あくまで存在しない架空数です。
物を数える場合は、便利です。

100、1000、10000、1億、と数が上がれば、数えることは不可能になります。
あくまでも、数の世界です。
数には、整数だけではありません。
1.5もあれば、1.8もある訳です。

その最大の例が、円ですね。
つまり、円周率 π(パイ)ですよね。
ご存知のように円周率は、3.14………..と続きます。
5兆桁まで計算された方がおいです。
それでも、割り切れない数です。

真円は、禅の悟りの象徴です。
それを割り切れないとは、整数だけの世界ではありませんね。

円周率は、日常生活に関係ないと思われる方も多いですが、実は日常生活に密接です。
この円周率の計算なくして、銀行のカードでお金も下ろすことも出来ません。
パソコンも動かすことも出来なくなります。

円周率を使うのでなく、その円周率の正確な計算が、あらゆる精密機器の精度の基準になっているということになります。
小数点以下、どこまで正確さを求めるかは、業種によって異なります。
ですから、整数だけでなく、小数点の世界も、関係するわけです。

もちろん、禅においてもでしょうね。
すると、1、2、3と言っていますが、実は1も存在しない数です。
1.000000000000001、1.0000000000002、となります。
もちろん、1以外に数を算定することも出来ないことになります。
1、2、3と数えるには、1と2には、無限の宇宙が存在するわけです。
永遠に、1から2にも、2から3にもいけないわけです。

それでは、そこに存在するという意味でしかないはずです。
それなら、「0」と「1」の二進法の存在が、万物のすべてということにもなります。
無と有、それだけの違いかもしれません。
「空」という中に、無と有が存在する。

人は、過去世、現世、来世とその魂は輪廻することを前提としているのか、仏法世界です。
そこにあるのは、縁起です。
つまり、「空」はまさしく、「縁起」とも言えます。(「空」の方が広い定義ですからね)

過去世、現世、来世とは、「空」の中にある「1」の状態「有」、つまり見える存在世界です。
「妙法華経」の「法」の存在です。
過去世、現世、来世以外の世界は、黄泉の世界(死後の世界)ですね。
「空」の中にある「0」の状態「無」、つまり見えない存在世界です。
「妙法華経」の「妙」の存在です。

私たちは、この「空」の中で、輪廻しているわけです。
「無」は何もない状態でなく、見えないという状態です。
見えないけれど、存在を感じることはあります。
魂の同じです。
この世に無くなったからといって、消滅したわけではありません。

東日本大震災で、この世を去られた方も、消滅したわけではないです。
この世にあって、肉体は消滅したけれども、魂は、存在しています。
輪廻の中で、来世で、今回の震災のご縁に繋がって、世に出て来られます。
きっと、幸せに生まれて来られることを、祈ります。

されど、見える過去世や現世で、いい行いを為さずに悪い行いをされた方は、ふるいにかけられます。
悪い縁が、話してくれません。
この世は、悪い縁を断ち、いい縁を結ぶが、現世の修行だと感じています。

そうじゃないと、仏様は、幾万の犠牲者に救いの手を差し出されたはずです。
この世も、仮の「空」です。
見えている世界の1コマです。
輪廻の輪の中から、解脱することが、最終目標かもしれません。(上がり)

社会の悲しいニュースに、胸を痛めます。
何故、こんなことになったのか、理解できないことが多いです。
私たちに見えないところで、仏様の手で、一切衆生を救うという大願をかなえらることを祈ります。

水陸両用のバスは、水の上の世界と、水の下の世界、両方を進むことが出来ます。
見える世界と見えない世界の両用です。
まさしく、仏様みたいですね。
バスに、大勢の方を乗せられて、救いの手を出されているように感じます。

私にはありがたい仏縁を頂けていることに感謝しています。
ありがたいと安堵の気持ちでいっぱいです。

今日も明日も、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、川に浮かぶバスのように、浮き沈みの多い話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。