今日もいい天気でした。
朝から、首のマッサージに行って来たところです。
昨日の夜は、急に冷えて、首のセンサー・クビダス(かんとうしょうえの造語)が高い確率を上げています。
朝から、首のマッサージに行って来たところです。
昨日の夜は、急に冷えて、首のセンサー・クビダス(かんとうしょうえの造語)が高い確率を上げています。
今日の上手な先生に当りました。
自分に合う先生と合わない先生がおいでです。
今日ラッキーでしたね。
自分に合う先生と合わない先生がおいでです。
今日ラッキーでしたね。
時々行く中華屋さんも、姉妹の写真が飾られています。
今みたいに有名になる前から、写真が置かれていましたね。
少し若い時の写真が印象的です。
今みたいに有名になる前から、写真が置かれていましたね。
少し若い時の写真が印象的です。
同じ共通の味の記憶があるやもしれません。
ラーメンとチャハンのセット「半ちゃん」が懐かしいです。
最近行ってていないです。
ラーメンとチャハンのセット「半ちゃん」が懐かしいです。
最近行ってていないです。
道八と言えば、仁阿弥道八(にんなみ どうはち・1783~1855)です。
江戸時代の京都の陶芸家です。
京都市の粟田口に窯を開いた陶工、初代高橋道八の次男に生まれ、跡を継ぎ二代高橋道八となります。
京焼における磁器の完成者、奥田頴川の弟子となり、同門の青木木米と共に、三大名工として名を残しています。
江戸時代の京都の陶芸家です。
京都市の粟田口に窯を開いた陶工、初代高橋道八の次男に生まれ、跡を継ぎ二代高橋道八となります。
京焼における磁器の完成者、奥田頴川の弟子となり、同門の青木木米と共に、三大名工として名を残しています。
仁阿弥の号は、仁清ゆかりの仁和寺より「仁」の一字を、醍醐寺三宝院門跡から「阿弥」の称号を拝領して名乗るようになったと聞きます。
北大路魯山人の『魯山人陶説』(北大路魯山人著 平野 雅章 編集)の中にも名前の出てくる先人です。
最後には、伏見桃山近くに隠棲して晩年をすごしたと聞きます。
北大路魯山人の『魯山人陶説』(北大路魯山人著 平野 雅章 編集)の中にも名前の出てくる先人です。
最後には、伏見桃山近くに隠棲して晩年をすごしたと聞きます。
京都を愛した者は、どこまでも京都が離れません。
それだけ魅力のある所です。
それだけ魅力のある所です。
私の住まいも、仕事場も、伏見です。
伏見も広いです。
仕事場まで、スクーターで、30分近くかかります。
その間に、疎水、宇治川と水の縁もあります。
ここ数日の雨で、水かさが異常に増えていました。
水が満々と満ちています。
仕事場には、綺麗な「つつじ」が咲いています。
水の恵みでしょう。
太陽の日差しの恩恵でしょう。
綺麗に咲いています。
伏見も広いです。
仕事場まで、スクーターで、30分近くかかります。
その間に、疎水、宇治川と水の縁もあります。
ここ数日の雨で、水かさが異常に増えていました。
水が満々と満ちています。
仕事場には、綺麗な「つつじ」が咲いています。
水の恵みでしょう。
太陽の日差しの恩恵でしょう。
綺麗に咲いています。
ブロガー根性が、写真で捕らえます。
誰もこんなに綺麗にさいてるのに、見ませんね。
近くに、こんな花があるということすら、気づかないですね。
誰もこんなに綺麗にさいてるのに、見ませんね。
近くに、こんな花があるということすら、気づかないですね。
仕事の合間に、花を見て、心が満たされます。
遠くに行かなくても、充分に楽しめます。
ありがたいことです。
遠くに行かなくても、充分に楽しめます。
ありがたいことです。
花だけでなく、昨日の月も綺麗でしたね。
花を見て、月を見て、心の中の充電を致します。
花を見て、月を見て、心の中の充電を致します。
原発のお陰で、住まいも仕事も失った方も多いです。
責任を果すべき人が、責任を果さないことによって、人様のかけがえのない生活が侵されています。
日常を取り戻すことが、どれほど難しいか、改めて感じます。
そのことを踏まえても、日常生活の中にこそ、尊いものが、隠れています。
責任を果すべき人が、責任を果さないことによって、人様のかけがえのない生活が侵されています。
日常を取り戻すことが、どれほど難しいか、改めて感じます。
そのことを踏まえても、日常生活の中にこそ、尊いものが、隠れています。
道は近きにありです。
我が家の前の道も、遠い目的地・長安に通じていると信じたいです。
そう考えて、日々の勤めをしています。
ありがとさんと感謝の気持ちを添えると、もっといろいろなものが見えて来るはずです。
ありがたい仏縁に感謝して、手を合わせます。
我が家の前の道も、遠い目的地・長安に通じていると信じたいです。
そう考えて、日々の勤めをしています。
ありがとさんと感謝の気持ちを添えると、もっといろいろなものが見えて来るはずです。
ありがたい仏縁に感謝して、手を合わせます。
今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。
最後まで、甘い香りだけの話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。