先日の日曜日、プログのお友達Hさんに歌舞伎の券を頂いて、歌舞伎見物に参りました。
昔、学生の頃に、鑑賞の学びのようなものに行って以来の、ご無沙汰です。
特に南座は、前回も猿之助さんの衣装の開催があり、この南座に初めて入りました。
昔、学生の頃に、鑑賞の学びのようなものに行って以来の、ご無沙汰です。
特に南座は、前回も猿之助さんの衣装の開催があり、この南座に初めて入りました。
今回は、歌舞伎鑑賞と言うことで、少し緊張しました。
前にも歌舞伎を見た事があると言うので、隣は同行カメラマンです。
幕内の弁当の方も用意しています。
前にも歌舞伎を見た事があると言うので、隣は同行カメラマンです。
幕内の弁当の方も用意しています。
やがて、眠くなった五郎は、めでたい初夢でも見ようと、宝船の絵を枕に大の字になって寝ます。
大の字と言うより、リクライニングの椅子に腰掛けている感じです。
大の字と言うより、リクライニングの椅子に腰掛けている感じです。
その夢枕に現れたのは、兄の十郎です。
工藤の館に捕えられている、と言うことです。
びっくりして、目が覚めた五郎です。
工藤の館に捕えられている、と言うことです。
びっくりして、目が覚めた五郎です。
ちょうど、そこへ初荷の大根を馬に背負わせた馬士(亀鶴)がやって来ます。
これ幸いと、何と五郎は馬をひったくり、兄救出へと向かうというのが話の筋です。
ちょっと強引ですね。
これ幸いと、何と五郎は馬をひったくり、兄救出へと向かうというのが話の筋です。
ちょっと強引ですね。
馬も、前脚と後脚に、一人一人が入っています。
息もぴったり、前後します。
大根を背にくくっているのが、何ともユーモラスです。
そして、五郎と馬士のコミカルな、遣り取りに場内も笑いに包まれます。
息もぴったり、前後します。
大根を背にくくっているのが、何ともユーモラスです。
そして、五郎と馬士のコミカルな、遣り取りに場内も笑いに包まれます。
最初は、難しい話に思えましたが、途中で、馬が出てきた所辺から、一気に楽しくなりましたね。
細かい芸の所作に、なかなか難しいものだと感じました。
細かい芸の所作に、なかなか難しいものだと感じました。
芝居は、約55分でした。
ここで最初の幕内の休憩が、30分入ります。
ここで最初の幕内の休憩が、30分入ります。
明るい光りの構成と五郎の赤い衣装が、ぱっと映えます。
まぶしく位でした。
まぶしく位でした。
馬の荷が、大根というのは、滑稽です。
大根役者と言えば、当たり役のない役者の事です。
しかし、大根は、和にも洋にも、生でも加熱しても食べて美味いです。
主役にならなくても、無くてはならない脇役です。
大根役者と言えば、当たり役のない役者の事です。
しかし、大根は、和にも洋にも、生でも加熱しても食べて美味いです。
主役にならなくても、無くてはならない脇役です。
時に鰤大根なら、鰤より主役になっています。
おでんも、旨味を吸い込んだ大根を、狙って来るお客も多いです。
芝居の役の上では、主役ではありませんが、主人公です。
おでんも、旨味を吸い込んだ大根を、狙って来るお客も多いです。
芝居の役の上では、主役ではありませんが、主人公です。
禅の言葉、禅語に「主人公」と言うのがあります。
あなたが、あなたの人生の主人公です。
富める者も、貧する者も、元気な者も、病める者も、どんな人でも、時間は同じです。
1日、24時間です。
あなたが、あなたの人生の主人公です。
富める者も、貧する者も、元気な者も、病める者も、どんな人でも、時間は同じです。
1日、24時間です。
金持ちだからと言って、天は26時間はくれません。
その24時間は、俗に言うの四六時中ですね。
24時間をどう使うのか、この辺が自分の主人公としての価値を決めます。
時間に自分が使われるのが、それとも自分が時間を使うのかですね。
その24時間は、俗に言うの四六時中ですね。
24時間をどう使うのか、この辺が自分の主人公としての価値を決めます。
時間に自分が使われるのが、それとも自分が時間を使うのかですね。
今あることは、偶然でなく、必然です。
天命あるから、そこに存在しています。
生きているのでなく、何かの力で生かされています。
私の場合は、仏様です。
天命あるから、そこに存在しています。
生きているのでなく、何かの力で生かされています。
私の場合は、仏様です。
ありがたい仏縁を頂けています。
ありがたい感謝しています。
ありがたい感謝しています。
謙虚に生きる。
日々の暮らしの中にこそ、幸せがあります。
こうした特別な歌舞伎の鑑賞の時間を頂けた事に感謝しています。
Hさんありがとさんです。
日々の暮らしの中にこそ、幸せがあります。
こうした特別な歌舞伎の鑑賞の時間を頂けた事に感謝しています。
Hさんありがとさんです。
心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。
今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。
最後まで、あのねと注釈多い話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。