''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

南三陸復興ダコのうちわと帆立さぶれのおすそ分け より。

先日の日曜日、差し入れがあった日の事です。
相方が、懇意にされている東北の方からの頂き物を見せて貰いました。
三陸復興ダコのうちわと帆立さぶれです。
帆立さぶれは、一緒にお裾分けに預かりました。

帆立さぶれと言うからには、帆立が入っているのかと思いきや、帆立の形です。
それじや、懐かしいホタテマンですね。
若い方はご存知ないでしょうけど、一世風靡したキャラクターです。

ホタテマン」は、 フジテレビ系のバラエティ番組「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」に登場した安岡力也さんが演じた一世風靡した人気キャラクターでしたね。
あのイカつい安岡力也さんのイメージと、ホタテマンのコミカルな雰囲気が、ミスマッチして大人気でしたね。

俳優さんとして、タンポポ (1985年、東宝 /伊丹プロ)のピスケン役が好きでしたね。
ゴロー役の山崎努さんとの喧嘩のシーンは、印象的でした。
早すぎる訃報に、何かモノ悲しいものを感じますね。

そうそう、今日の話は、そのイカつい安岡力也さんの話でなく、タコさんの話です。
三陸復興ダコのうちわが贈られて来たと、ご満悦な相方です。
木製で、何やら真ん中に穴の空いた平面タイプのうちわです。
イメージ 1

うちわの中に、モアイ像がタコさんと一緒にモチーフされています。
何でも、南三陸とチリのイースター島とは、ご縁があったようです。

1960年に発生したチリ地震津波で甚大な被害を受けた宮城県志津川町(現在の南三陸町)では、チリ地震津波災害30周年の折、同じ被災国であるチリとの友好のシンボルとしてモアイを輸入した(設置は1991年7月)。
このモアイは、チリで産出した黒色輝緑岩(凝灰岩)を用いて現地の技術者が制作し、船で46日かけて運ばれたもので、現在、志津川湾に面した公園(チリプラザ)に設置されていたが、東日本大震災津波で被災し損壊した為、チリから新たにイースター島の石で制作されたモアイ像が寄贈された。(ウィキペディア参照)

最近テレビで、このモアイ像の移動手段が紹介されていましたね。
古代でも、ソリに乗せて運ぶのでなく、立ったまま、移動したようです。
「モアイは自分で歩いた」という現地の伝説の根拠にもなっています。
それを、実際に移動させたという事のようです。

なかなか素晴らしい発想です。
若い頃バイトの仕事で、重いコンパネ運ぶ時、右左に歩くように運ぶことは、よくありました。
その要領でしょうね。

15体のモアイ像の復元・修復を、の香川県高松市に本社を置くクレーン建設器機メーカーの株式会社タダノ(東証1部6395)が、1992年からクレーンなどをイースター島に持ち込んだり、寄贈したりして、貢献されています。
日本人としては、こうした文化的な貢献に寄与されている企業があることは、誇りに思いますね。

東日本大震災でも、日本人のモラルと誇りを、世界に示すことが出来ました。
どんな時でも、助け合う精神が、日本人の和の心にあると思います。

一日も早い復興復旧が求められています。
ただ、現地では、復興のあり方が問われています。
まだ、住民が仮設住宅に住んで居られるのに、それより、箱物の建設をするような所があるようです。

まずは、人間らしく日常生活を過ごせられるようにする事が、最優先事項のはずです。
今回の参議院自民党の大勝で、本当の復興復旧が進むことを祈ります。

もうすぐ、8月です。
お盆のシーズンには、震災で亡くなられた魂も帰って来られると思います。
そうした犠牲者の意を組手取ってくれる政治であって欲しいと、痛切致します。
頑張れ東北!!です。

日々の暮らしの中に、ささかな幸せがあります。
ありがたい仏縁に感謝して暮らさせて貰っています。

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮したいです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、支離(チリ)滅裂な敗れ(さぶれ)被れ話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。