''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

カンパリーソーダーで、乾杯してみたら より。

すでに、雨が降っています。
今日は、オフ日でしたので、家でゆっくりしておりました。
とは言え、銀行に通帳記帳やら、新しい通帳換えなど、平日しかできない用もこなして来ました。

昨日の晩酌は、次の日がオフ日と言う事もあり、少々過ごしました。
そんな中、妻が取り出しのは、カンパリーです。
私的には、七条女坂の里を思い出します。
ハンバーグに、カンパリソーダーをオーダーしました。

懐かしい思い出です。
もちろん、同じテーブルにいて、食事をしたのも、同一人物です。
何を食べたのかも、このブログの記事にしていますので、検索すれば分かります。
私にとっては、想い出のカンパリーです。
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女の子が呑むようなカクテルベースとバカにすると痛い目に合います。
アルコール度数25度ですから、アルコールに強い方も、イチコロです。

そんな危険なものも、ソーダーか炭酸水で割ると、意外に楽しめます。
薄い目のを作って、晩酌に参加して来ました。
それはそれで、ありがたいです。

酒呑みに、下戸の相手は辛いです。
冗談でも、一杯付き合ってくれたら、それでいいですからね。

最近、カンパリーと聞けば、カンパ二-を思い出します。
どこぞの高級家具店の経営上の内紛が、ニュースでもなっています。
小塚、中塚と来れば、納得されるはずです。

カンパニーとは、俗に会社です。
会社とは、一体だれのものでしょうか、ご存知でしょうかね。
社員、株主、いえいえ、社会のモノです。
社会のモノだからこそ、重要なのです。

会社であるがゆえに、社会に貢献する必要があります。
その上で、利益を社員や株主に還元すればいいのです。
その存在は、社会に貢献する為に存在しています。

それを知らずに、会社は存在しません。
当然、経営陣の私物ではありません。
それが嫌なら、個人商店で、利益を追求すればいいだけです。

その個人商店ですから、お客様に満足出来る貢献できなければ、存続できません。
ですが、特別にあたら得られた人格と同じく、法人には法人格と呼ばれる格が与えられます。

法人とはそうした特別な存在です。
ですかに.ら、そうした社会貢献ありきと言うのが、法人としての会社の存在意義なのだと、教わりました。

人も、社会に貢献してこその、存在意義だと思います。
立派な能書きを書いても、実践しなければ、何もならないのです。
そんな事、3歳の子供で、80歳の老人でも同じです。
それほどに難しい事です。

ですから、法人として特殊な任務があるから、法人格としての特別な存在して、この世に存在できるのです。
ただ、人は出生届を役所に出すか出さないかにかかわらず、存在が肯定されますが、法人は、法的手続をしないと、法人として存在しません。

死亡の同じです。
解散や清算の法的手続きをすることによって、この世から消滅します。

ですから、法的手続きをせずに、ほぼ消滅状態にある法人は、無数です。
ただ、平成の商法改正で、消滅させられた会社も多いです。

同じ法人でも、宗教法人となれば、別物です。
特別な聖域ですから、実質的に消滅状態の宗教法人も、「禅譲」と言う形をとれば、「売買」形態が取れます。
法の抜け穴ですよね。

一度作られた宗教法人は、守られています。
ただ、新しく宗教法人を作ることは、難しいです。
あのオウム事件以来、難しいと言えます。

それなら、すでにある宗教法人なら、金銭的に売買することも可能です。
世の中は、金次第という事ですよね。
かなしいモノがあります。

とあるタクシー会社が、大きな観音様を作ったり、研修機関として、マネーロンダリングして、キックバックすれば、税の優遇と言うか、節税と言うか、脱法行為と言うか、グレーな行為が出来るわけです。

グレーだけに、「誘惑」(作詞:TAKURO、作曲:TAKURO)も多いわけです。
♪犯した罪さえ愛したい wow~

生ちゃんの歌声が耳から離れません。
「最高ッス」の満足な表情も記憶から離れません。

嫌な事が多い世の中ですからね。
楽しい事に、心を解放って、しばしカンパリーな晩酌タイムにしてみました。

日々の暮らしの中、感謝して暮させてもらっています。
ありがたいです。
心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮したいです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈るばかりです。

最後まで、そうだそうだと納得されない話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。