''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

我が家の食卓ものがたり 即席手抜きの豚の生姜焼き より。   

 

朝からいいお天気の兆しです。 

もうすぐ、晴天がいいお天気ですと言うのNGの季節になります。 

水不足に悩まされる農家の方が居るやに聞き及びます。 

 

水不足もあれば、水害もある。 

不思議な天候がここ10年来続ています。 

特にここ数年の水害は今までの知恵が及ばないほどの水害です。 

 

私の住む大阪も水害に弱い地域です。 

古い記録では、明治期に、広範囲に亘って水没したと記録があります。 

水の都・大阪は、もともと水害に弱い地域です。 

大きな水路がある分、水害の被害も出やすいですからね。 

 

とは言え、数年前の台風の強風に恐怖記憶が未だ拭い去れていません。 

それに加えて、水害までとなると、これは大変です。 

地震もあります。 

今年は、コロナ禍で、災害と避難所の密を考慮すると、最悪のシナリオです。 

 

第二波と災害のダブル災害だけは、何とか避けたいところです。 

こりゃ、神頼みしかありません。 

我が家の冷蔵庫の掃除も兼てとなると、ポークジンジャーです。 

そう神頼みの神社も、ジンジャー違いかもしれません。 

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子供用の盛です。 

即席手抜きの豚肉の生姜焼きです。 

食べ良い大きさにカットした豚肉をフライパンで炒めます。 

下味は、軽く塩コショウします。 

焦げ目が付けば、ひっくり返して、玉ねぎや人参や舞茸などを入れて、蓋をして暫し放置プレーです。 

 

次に、酒みりん、少しの砂糖と焼肉のタレを入れます。 

野菜に火が入れば、最後に摺り下ろした生姜を入れて、一混ぜします。 

そして、水溶き片栗粉を入れて、とろみ付けてソースにします。 

完成です。 

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大人盛です。 

プライパンで放置している間に、盛合せの野菜を用意しました。 

レッドオニオンスライス、プチトマト、胡瓜です。 

手抜きの即席の豚の生姜焼きです。 

 

味付けも失敗しにくいです。 

味付けは、薄い目にします。 

最後に味を見て、完成すればいいです。 

摺り下ろした生姜は一番後の方に入れると、焦げなくていいと思います。 

 

フライパンで蓋をして、水分を飛ばさないようにしないと、手抜きは不可能です。 

すぐに焦げてしまいます。 

蓋があって出来る手抜きの業です。 

 

業(わざ)と言えば、日本刀の切れの出来を表す業物(斬れ抜群の刀)でしょう。 

業物には、最上大業物、大業物、良業物、業物の4つのランクがあります。 

業物位列の記録書には、「懐宝剣尺」(寛政9年発行)と「鍛冶備考」(文政13年発行)の二書がありますね。 

 

講談浪曲でよく出て来る最上大業物の一振に、「肥前国忠吉」があります。 

俗に、「五字忠」(五銘字時代)と言えば、なるほどと言われるかもしれません。 

後に、元和10年武蔵大掾を受領、忠広と改銘。 

忠吉初代。橋本道弘の子、新左衛門。埋忠明寿に門人。 

 

孫の三代目忠吉(初代忠吉の子・近江大掾、その子)新三郎も、万治3年陸奥大掾受領、寛文元年陸奥守に転じています。 

こちらも、最上大業物です。 

初代、三代、共に切れ味抜群です。 

 

最上大業物の刀となると、高額で売買されていたでしょう。 

一種の権威です。 

今で言うなら、男の車や時計みたいなモノです。 

成功者の乗っている車が、フェラリーやランボルギーニならも箔が付くようなものです。 

 

太平の世ですから、刀も抜けば、大変なことになります。 

白石一郎による時代小説十時半睡事件帖にも、同じように若者の不用意な抜刀から、悲惨な事件もありました。 

1994年NHK『金曜時代劇』主演島田正吾でテレビドラマ化されのは、印象的でしたね。 

 

 島田正吾さんと言えば中村吉右衛門主演の鬼平の[血頭の丹兵衛]で、〔蓑火( みのひ )〕の喜之助をされていますね。 

 

鬼平の中でも3本の指に入る名演技です。 

ドラマの台詞での「忘れるなよ。犯さず、殺さず、貧しき者からは奪わずだ」と粂八に注意をして去るシーンはぐっと来ます。 

こちらも、切れ味抜群です。 

 

時代劇も、いい作品に巡り合えると、幸せを感じます。 

刀を差すのは、命のやり取りがあると言う事、それを踏まえた上で、武士(もののふ)として、人として恥じない生き方が、そこに求められます。 

無益な殺生はありません。 

それは、盗人でも、武士でも変わりはないはずです。 

 

現代人に薄れた今日を生きると言う感覚は、日々の暮らしの中で、実感が必要かもしれません。 

今日を精一杯生きる。 

何だか思い知りましたね。 

 

親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。   

ありがたいことです。 

 

ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。   

ありがたいことです。   

   

日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。   

神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。   

ありがたいと感謝です。   

   

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