''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

おかげさまです。まる4年、そして、今日から5年目突入します より。

朝からどんより曇っています。
昨日もここ数日の雨に、気分も沈みます。
昨日は、頂いたチョコをつまみに、ニッカの安いウイスキーを飲みましたね。

祝いの前夜祭でもあります。
京都風に言うなら、「宵山」でしょうかね。
祇園祭みたいです。

今日、2月15日は、私のブログの誕生日です。
2008年から始めています。
今年2012年なんで、まる4年です。
そして、今日から5年目に突入です。

計算は、合っていますかね。
意外に期間や年齢の計算は苦手です。

でも、知らないと驚かれますが、その方法は、「年齢の数え方に関する法律」によって決まっています。
ベースは、明治三十五年法律第五十号(「年齢計算ニ関スル法律」)(明治三十五年十二月二日法律第五十号)と、補足的な「年齢のとなえ方に関する法律」(昭和二十四年五月二十四日法律第九十六号)です。

年齢計算ニ関スル法律」の、その一項に「年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス」とあります。

出生は、「しっせい」と読まずに、「しゅっしょう」と読んで下さいね。
出生率という言葉は、「しゅっしょうりつ」と言います。

人の生まれることによって、その生まれた日から、年齢を数えます。
専門的に言うと、「初日参入」するわけです。
その日に生まれたんですから、当然ですね。

じゃ、その一年後というと、1歳になるとの、いつでしょうね。
そら、誕生日の日だと言われるのは、常識です。
でも、法律は違います。
「起算日」(出生日)に応答する日の前日をもって満了します。

つまり、年齢が加算されることになっています(同法第2項,民法143条準用)。

その満了の日と言うと、私のブログなら、2月14日午後12時です。
ブログですから、人ではありませんが、説明的にはそうなります。

その一番の代表格が、4月1日生まれです。
4月1日生まれは、早生まれです。
「えっーて?」
そうですよ。

4月1日生まれの人の1歳になるのは、翌年の3月31日の午後12時です。
それって、4月1日の午前0時ですよね。
法律的には、「3月31日の午後12時」と「4月1日の午前0時」は別物です。

4月1日に生まれるか、4月2日に生まれるかで、人生がだいぶ変わります。
一年のハンディーがあります。
特に子供さんなら、体力的にも、知能時にも、大きな差です。
これが一番の代表格ですね。

ですから、人間的に言うなら、私のブログは2月14日の午後12時で、4年目の4歳で、今日の2月15日午前0時から、5年目に入ります。

これほど長く続いたのは、ある方の一言でした。
そして、こうして読んで下さる皆さんのお陰です。
ありがとさんと、心よりお礼申し上げます。

そのある方とは、もう会う機会ががないと思いますが、「バラ婦人」さんです。
この方の「最近毎日書いてはるね」です。
関西弁ですが、「最近毎日書いているんですね」と言う事です。
この言葉にどれだけ勇気付けられたのか、分りません。

日々の暮らしの事や凡夫から見たつたない仏の世界など、すこし変わったブログです。
男性と女性のブログには、大きな違いがあります。

それは、男性には、大袈裟に言えば、何か後世に書き記したいという気持ちが強いと、ある分析をされていた方が多いです。
ですから、趣味の事やら、仕事の事やらが多いですね。
後からでも、読んでもらえることや参考にしてもらえることが多いです。

確かに、パソコンやら趣味の世界も、ここまでする必要があるのと思われる、専門的なことが多いです。
それを後から、私が参考にして、パソコンやら家電機器を直したりしています。
ネット社会の強みです。

写真や動画にして、保存されていますので、大変便利です。
ありがたいことです。

分らないことは、すぐにネットで調べます。
ネット社会のいい所でもあります。
どこのラーメン屋が美味いとか、どの酒が美味いとか、いろいろと調べます。
それに、次買う家電も、ネットの価格ドットコムとかで、評判や使い方勝手も、購入の参考にしています。
大抵が、男性ですね。

ブログと言うと、すぐに知らない人は、「日記」と言われます。
日記と言えば、日記かも知れません。
日記のようで、日記でない。(ベン、ベン)
「それは何かと訊ねたら」、やはり「ブログ」なんですよね。(言い回しは、関西の古典芸能です)
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本当の日記と言えば、私の中では、藤原定家卿の『明月記』ですね。
歴史的な価値のある資産です。
『明月記』は、定家が18歳の治承4年(1180年)から74歳の嘉禎元年(1235年)までの56年間にわたり克明に記録した日記です。
上には上がありますね。

後世、歌道・書道において重んじられた藤原定家の日記である。
『明月記』の名は後世の名称で定家が命名したものではなく、当人自身は『愚記』と読んでいた。

同年代に生きた親鸞上人が、「愚禿釋親鸞」(ぐとくしゃくしんらん)と名乗っていたのと、何やら通じますね。

定家の家は「日記の家」と呼ばれる家記(代々の日記)を通じて公事に関する有職故実を有していた家系ではなく、政治的な要職にも恵まれなかった。
そのため、定家は『明月記』の中に自らが体験し、収集した知識を多く書き残して自身、あるいは子孫が「日記の家」として重んじられることを期待していたと見られている。
定家自筆原本の大部分は冷泉家時雨亭文庫に残り、国宝に指定されている。(Wikipedia抜粋、参照)

私のブログも、その意味ではもっと低い「ブロ愚(ぶろぐ)」ですね。
やはり、愚かの凡夫の話ばかりですからね。

それにして、『明月記』は文字だけでなく、絵なんかも入っています。
ブログの写真みたいなものですね。
すごい偉人が、居たものですね。
ありがたいことです。

まだまだ、先まで続けたいです。
日々の暮らしに感謝して、日常を楽しみたいです。
そこには、ささやかな幸せも喜びもあります。
ありがたい仏縁のお陰です。

心の三毒を廃し、心静かな安穏に暮らしたいです。
それが願いです。

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますように、祈ります。

最後まで、蔭に入った暗い身も蓋もない話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。