''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

映画『日日是好日』のDVDを手に入れて、鑑賞しました より。 

お題「ゆっくり見たい映画」

お題「ささやかな幸せ」

週末寒いかったので、家族3人で買い物に午前中に出かけて、昼からはモニターで映画日日是好日を見ました。 

先日、7歳児ゆうゆうと久しぶりに激安シッョブに行くと、ゆうゆうがDVDを見ると言って走って行きました。 

 

中古の激安のDVDが売られています。 

アニメも時代劇もここで購入することが多いです。 

見つけた時に買わないと、次に来たときはないのがいつもの事です。 

 

前から見て見たかったのが日日是好日』(監督・脚本 大森立嗣)です。 

余談ですが、大森立嗣と言えば、父は麿赤兒さん弟は大森南朋さんとして有名ですね。 

 

映画の主な出演者は、黒木華さん、樹木希林さん、多部未華子さん等々です。 

お茶を始めた大学生の従妹の二人が、黒木華さんと多部未華子さんです。 

お茶の先生が、名優の樹木希林さんです。 

お茶を通して、季節を感じて、話と月日が流れて行きます。 

 

お茶を通して、人生とは何なのか? そんな深い思いに後々になって、感じられる名作です。 

お茶も表千家のご指導によりますが、所作も綺麗ですし、素人にも見易く映像化されています。 

 

黒木華さんの演じる役の典子は、平凡な人生に思えるけれど、結婚直前まで行っていた彼氏の裏切りや父の突然の死など、いろいろな苦難があります。 

それでも、お茶を続けたことにより、お茶が教えてくれた幸せを感じて暮らします。 

お茶の茶軸によくある禅語の「日日是好日」から、いろいろと派生して映像として体現されてようなものです。 

 

日日是好日」はよく引用される言葉ですが、意味は深いです。 

我が愛藏の書物、『禅語の茶掛 一行物』(芳賀幸四郎著 淡交社刊)の中でも、紹介されています。 

雲門宗の宗祖雲門文偃(ぶんえん)禅師が、弟子たちに向かって自問自答の形で述べられたようです。 

『碧巌録』第六則にもあるようです。 

 

芳賀氏の解説によれば、人生は楽しい事ばかりではなく、憂き世とか娑婆とか言うように、喜びや楽しみより、むしろ苦しさや悲しみが多いのが、人生の実相だと述べられています。 

凡夫は、「人生は楽しむものなり」と考えて、悲と苦を嫌い、喜と楽とだけを吸い取ろうと取捨するのに対して、真の禅者は「人生は単に楽しむものでなく味わうモノである、しかも悲喜怒苦楽みな人生の味わいである」として、これらを正受してまともにあじわおうとするのであると述べられている。 

その上で、また凡夫は喜び悲しみと言っても、実は外境によって喜ばされ悲しまされているに過ぎないのに、真の禅者は嬉しい時には自ら主体的に喜び、悲しい時は主体的に悲しみ、これを味わうのであると述べられています。 

 

ここで、幕末三舟の1人山岡鉄舟居士の歌を引用されています。 

 

晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿はかわらざりけり 

 

日日是好日の意味合いも少しは匂いらしいです。 

 

言葉を理解することは出来ても、それに実際に体得することは、容易ではないです。 

映画の典子とどうように、今年の10月に父が黄泉に旅立ちました。 

突然の死に、自分の中でどうとらえたらいいモノか、気持ちの整理が付きません。 

 

多くの人が、親の死に目にも立ち会わず、突然親の死を受け入れることが出来ない思いをされています。 

そんな中、私の気持ちの中で、いろいろとこの「日日是好日」の禅語を、芳賀氏の言われるように、味わい尽くすと言う意味を体得しようかと模索しております。 

 

この世での人の縁を鑑みれば、この世は仮の世界であり、空であると言われます。 

過去世、現世、来世の輪廻の輪の中を巡り続けます。 

とは言え、現世での親しい者の死は、それだけでは納得できないですね。 

これも含めて、「日日是好日」なんですね。 

 

時間が過ぎれば、気持ちも多少納まります。 

これも、ある意味方便の口実なんですよね。(笑) 

 

どんな時でも、下を向いてばかりでは行きません。 

悲しい時でも辛い時でも、腹は減ります。 

生きている人間ですからね。 

あの有名な書家風に言うなら、「人は生きているんだ、人間だもん」でしょうかね。 

 

長い間独り暮らしをして来ましたが、縁あって嫁がやって来て、子供が授かって、親子3人暮らしか、ここにあります。 

ありがたいですね。 

独りなら、もっと苦しんでいたかもしれません。 

恩師の死も、岳父の死も堪えましたが、実父の死は、想像以上に堪えましたね。 

家族が居ればこそ、救われたと言う事はあります。 

7歳児の娘の様子に、我が家族も残った母も癒されましたね。 

 

日日是好日、雨の日もある、風の日もある、そして、晴れの日もあるんですよね。 

晴れの日ばかりなら、あの雨の日も、冷たい風の日も、雪の日の難渋も分かりません。 

人生晴れの日ばかりは、続かないのは、当然です。 

嫁と娘の居る我が家の中には、雨はふりませんからね。 

 

嫁の逆鱗に触れて、血の雨が降らないことを祈るばかりです。(現実にそんな事には至っていません。ご心配なくです。) 

嫁の家に居候しているので、出て行けと言われても、行くところがありません。 

何事も、晴れる日まで耐えるしかないですね。 

 

親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。               

ありがたいことです。             

             

ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。               

ありがたいことです。               

               

日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。               

神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。               

ありがたいと感謝です。               

               

総索引 https://kantoshoue.hatenablog.com/entry/35343705