いよいよ、季節は初夏に近づいて来ました。
気温も、5月のこんな時期に夏日だと聞くと、おかしくなりますね。
少し前の事になります。
お供え物を買いに行った時のことです
我が家は、弔辞慶事の別なく、千鳥屋宗家さんで用意することが多いです。
7歳児ゆうゆうも、もちろん、ついて来ます。
目当ては、お菓子です。
嫁が、お使い物とは別に、家族用に買ってくれます。
生菓子もあるので、家用にこちらも買って来ました。
柏餅がまだあると言うので、これからの若鮎と両方買いました。
個別包装に代わっています。
まぁ、コロナでいろいろと食べ物屋さんも変化しています。
菓子器は、嫁愛用の平安象彦の竹皿です。
鶴は、金の単鶴紋です。
単鶴、双鶴、群鶴、こうした図柄に分かれます。
双鶴なら、婚姻関係の器になることが多いです。
落語「つる」でも、雄雌の1対で登場します。
雄鶴が、「つー」とやって来て、浜辺の松にぽいとに止まり、雌鶴が「るー」とやって来て、浜辺の松にぽいと木に止まるってあれですね。
その昔、鶴はつるとは呼ばずに首長鳥と言うフレーズですよね。
「大昔のこと、白髪の老人が遙か沖の方を眺めていると、唐土の方から雄の首長鳥~」
2時間のサスペンスドラマなら、海岸と言えば、殺人の現場ですよ。
♪ チャンチャン チャ― チャンチャン チャ―
この手のドラマは、意味のない事が多いです。
京都のドラマで、タクシーで京都駅から、西陣に行くのに、岡崎公園の府立図書館前の大鳥居は通りません。
まさに、ばったくりです。
昔、京都の街中のドラマ多かったですよね。
京阪電車の三条の踏切も懐かしいです。
まだ、三条駅は地上駅でしたからね。
そうそう、大晦日には、電車の中で、八坂神社さんの「をけら火」を吉兆縄に点火し消えないように回しながら持ち帰って居たのを見たことがあります。
駅員さんに注意されますよ。
市バスの中でもあったと聞きます。
もっちゃりした時代です。
市電の路面でなら、普通だったと聞きます。
京都に市電の走っていた時代があることを知らない方も居られますからね。
日本で琵琶湖から疎水を通って、水力発電して、西陣の織物機械を回して、路面で車を走らせていたのんですよ。
エコな時代の先駆者的な都市ですからね。
今や債務超過の破綻しそうな都市に転落しそうです。
もちろん、私は路面電車は、京阪大津線と嵐電でよく見ていました。
京都の町に、チンチン電車は似合いますね。
我が家の和菓子皿は、象彦が相性がいいと思います。
毎回登場です。
まるで、昔の野球の「権藤、権藤、雨、権藤」のフレーズでしょう。
嫁の象彦も、いろいろとありますが、文箱とかはなかなか出番はありませんね。
中継ぎにでも、使いたいところです。
捨てる神あれば、拾う神ありですからね。
ありがたいことです。
それにしても、そんな風に神様を使うには不謹慎だとも思いますね。
紙様と勘違いの方も多いはずです。
そうそう、「濡れ手で粟」の粟は、稗粟の粟でなく、石鹸の泡だと思って居られた鶴瓶師匠が懐かしいです。
鶴瓶さんが観客に向かって「またオレを踏み台にして賢うなりやがって」と、上岡さんと会話するシーンは、大好きでしたよね。
阿波と言えば、運慶さんの恵比寿さんの添えられた歌が思い出されますね。
落語『三井の大黒』でしたね。
「商いは濡れ手で粟のひとつかみ(神)」と書いてあると言うので、これに甚五郎は「守らせたまえ二つ神たち」と書き添えたのは、面白い噺です。
我が家の玄関にも、恵比寿・大黒が鎮座しています。
商いの才はないみたいです。
「春夏冬二升五合」と聞けば、毎夜日本酒呑んでいそうだけれど、そんなこともないです。
「あきない ますます はんじょう」と読んで貰えると、いい感じで話が終われます。(チャンリンチャンリン デンデン)
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。
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