''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

「三井の大黒」から見える世界 より。

今日もいい天気でしたね。
昨日は、大阪の天満宮に参拝していました。

 

その前に、伏見の自宅から大阪までのアクセスは、京阪電車となります。
京阪電車で、天満宮に一番近く駅は、天満橋です。
ここで下車します。

 

京阪電車のアナウンスには、独特の鼻にかかった声の抑揚がありますね。
これは、漫才師の中川家の礼二(れいじ)さんのものまねでも、お馴染です。
ただ、京阪電車の駅名に、「橋」が多いです。
淀屋橋天満橋、京橋、丹波橋などが、思いつきます。

 

その中でも、天満橋丹波橋をアナウンスが、鼻にかかるので、よく聴かないと解らない場合があります。
もちろん、大阪と京都ですから、間違えませんが、目を閉じて聞くと、意外に聞き取りにくいです。
礼二(れいじ)さん、これはウケる京阪電車ネタですよ。
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そんな曰くのある天満橋駅を出ると、大きな川(旧淀川(大川))に出ます。
この日も船が止まっています。

 

あれ、真っ赤な屋形船ですね。
見たことがないタイプの船です。

 

天満橋から見ると、ちょうど、落語「遊山船」を思い出しますね。
7代目松鶴こと、松葉さんの話が好きでした。

 

「出てる妓(こ)やがなぁ」
「玄人やがなぁ」
「芸衆やがなぁ」

 

そんなトンチンカンの二人組です。
東京の方なら、熊さん・八っつぁんですが、大阪の方では、喜六・清八、喜ぃやん清ぇやんいうことが多いです。
物知りなのは、清ぇやんです。

 

こらダメですね。
「遊山船」の話になってしまいそうです。
今日は、伏見と江戸の話です。

 

しかし、屋形船なら、昼間から美味しい料理や日本酒も出るんでしょうね。
昨日は、てっちりにヒレ酒の話でしたから、美味しかったです。
学生時代には、日本酒の事を「ポン酒」と読んでいました。
日本酒の略「本酒(ぽんしゅ)」事ですね。

 

落語にも、「ぽん州」と呼ばれる登場人物が出て来る話があります。
ぽんくらの「ぽん」です。

 

先日見た動画の入船亭扇遊さんの落語「三井の大黒」です。
ここにも、船が出て来ましたよね。

 

かの飛騨の名工・左甚五郎の話です。
この話の前に、ネタ振りがあったんですね。
伏見に滞在中に、江戸の三井(越後屋)の使いが来て、運慶作の恵比寿と一対にする大黒を彫ってほしいと依頼されていました。

 

話は変わって、江戸に移っています。
江戸の普請場(工事現場)で、若い衆が騒いでいる。
見ると老人が、袋たたき状態です。

 

これを、棟梁の政五郎が止めに入り、この老人が、上方の番匠(ばんじょう=大工)と聞くと、手が足りないので、行くところがないなら、自分の家に来いと誘います。
若い衆にも、紹介して、どこの誰かと言う話になった時、飛騨高山の出身だと名乗ります。
そうなると、親方も飛騨の高山と言えば、大工の中でも名人と言われる甚五郎先生が居られると、こう来た。

 

で、お前さんの名前は?と聞いた。
すると、「忘れた」と答える始末です。
それじゃ、そんなぽんくらなら、「ぽん州」というあだ名を若い衆が付けた。
しかし、甚五郎には、それはいいと、「ぽん州」を気に入って、逗留です。

 

仕事に行くが、現場の頭は、何をされたらいいのか、分からずに、板を削らします。
時間をかけて、板を2枚削ります。

 

たった2枚の板ですが、ぴったり合わせると、これが取れない。
力自慢の若い衆がやるとが、やはり取れません。
やはり、ここは名人芸ですね。

 

これを聞いた棟梁が不思議がるが、ぽん州の機嫌を損ねたと、勘違いして、少し遊んでいろと、大目に見てやります。
そんな生活ばかりで、怒り出すのは、御上さんです。
ただ飯喰らいの居候ですからね。

 

暇を持て余すのかと思えば、そんな世界に満足の様子です。
やはり、変人と言うのは変わっています。

 

そんな折、上方の大工は、彫り物が得意だと持ち上げて、何か彫るように薦めます。
皆が寝静まった頃に、仕事を始める甚五郎です。
少しして完成です。

 

風呂にも入らずに、長い間居たので、風呂屋に行くように薦めます。
その間に、棟梁が彫りあがった大黒さんをこっそりと見てしまいます。
りっな大黒様です。

 

風呂屋に行く前に、若い衆を使って使いの文を、越後屋さんにやります。
甚五郎が風呂屋に行っている間に、棟梁の家に手代の久兵衛が挨拶にまいります。
「甚五郎先生にご依頼していた大黒様が出来上がった使いを頂いた」とこんな挨拶です。
ここで、あのぽん州が、名人甚五郎だと判ります。

 

久兵衛に、阿波の運慶作の恵比寿に何か和歌があったでしょうと、尋ねます。
「商いは濡れ手で粟(阿波)の一掴み(一つ神)」と言う歌に、甚五郎が下の歌を付けます。
「商いは濡れ手で粟(阿波)の一掴み(一つ神)  守ら給い二つ神たち(二掴み)」と歌が完成します。

 

オチは、ここでおしまいです。
歌で〆るのは、落語でも品のいいところですね。

 

恵比寿様に、日本の神様ですが、大黒様は、もともとインドの神様であるとも聞きます。
どちらにしても、縁起のいい二体の神様のお宝で、三井後の三越に繋がったのかも知れません。

 

太閤秀吉公も、持仏の大黒様の話がありますからね。
私も実物を見たいことがあります。
やはり、縁起のよさげの大黒様でしたよ。
ご利益あるといいんですがね。

 

明日は、この時期に最もご利益のある天神さんの梅の話にしたいと思います。
日々の暮らしの中に、ささやかな幸せがあります。
ありがたい仏縁に感謝して暮らさせて貰っています。

 

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。

 

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせます様に、祈るばかりです。

 

最後まで、黒白・あうんの呼吸の話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。