''かんとうしょうえ''の痛風日記

一病息災と心得て、「よかった探し」をしながら、日々感謝して暮させてもらっています

日曜のお昼は、海苔巻きと天ぷらそばのセットより。

朝から天気が、いいようです。
明け方には、雨音も聞こえいました。
5時半くらいに目が覚めて、布団の中で、うだうだしておりました。

 

愛機のIS01、(通称・メガネケース)を布団横に置き、寝転びながら、落語でも聴きたくなって、圓生の落語「淀五郎」を聴いておりました。
やはり、圓生と言えば昭和の名人でね。
その圓生の十八番だった聞きます。

 

凛として拡張高い落語に思えます。
それでいて、しっかりと笑いの壷をくすぐられます。

 

話は、歌舞伎の話です。
仮名手本忠臣蔵の塩冶判官の役者が急病の代役に、若手の澤村淀五郎が抜擢されます。
淀五郎は、張り切りすぎて、今から切腹する塩治判官には、とつも見えません。

 

切腹しながら、由良助を呼びます。
芝居の中でも、四段目「判官切腹の場」名シーンです。
しかし、芝居がまずいので、呼んでも由良助役の座頭の市川團蔵は、平伏したままで傍に来ません。

 

あまり、苛立ちに、本当に芝居の上で、腹いせに切腹しようと考えて淀五郎です。
世話になった初代中村仲蔵のもとに暇乞いしに行きます。
ここで、行き詰まった雰囲気を察して、話を聞いてみる。
すると、芝居のまずさを指摘され、いろいろと教えを与えてくれます。

 

これで最後と、死に物狂いで、一晩徹夜でもう稽古して、次の日の判官は別人のいい出来です。
こうなっては、團蔵も、切腹の判官の元にやってきます。
意地悪でなく、期待を込めて叱責が、一人前の役者に変えるいい話です。

 

この中で、中村仲蔵の諭しのシーンが何ともいいですね。
大変立派な、愛情ある接し方です。
上からモノをいう訳でなく、まずはやってご覧と、淀五郎の悪いところを指摘しながらも、こういう風にと工夫の知恵を付けてくれる。

 

その中に、こうした師匠がいれば、ありがたいと感じるいい話です。
滑稽の中にも、人情の感じる名人圓生落語ですね。
朝から、心地よい気持ちになりました。
最近聴いた金馬師匠の「淀五郎」も、金馬さんらしい人情のある中での諭しも、良かったです。

 

由良助も、主人の塩治判官のそばに行きたかったでしょうね。
そばと言えば、昨日日曜の昼ご飯は、天ぷらそばでした。
天ぷらの差し入れがあったからです。
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上に乗っているのは、まいたけ、大葉、ジャガイモ、ナス、青唐、鰈を大葉で巻いた天ぷらと、豪勢です。
遊びに、切腹の十文字の傷跡です。

 

ワンピースの偽・ルフィ(二枚舌のデマロ ブラック)の腹の傷みたいでしょう。
やはり、芝居じみていますからね。
天ぷらの油の加減で、口も滑らかです。

 

そばも、郷里の播州の龍野産・株式会社マルツネのそばです。
龍野と言えば、赤穂の隣、脇坂淡路守の領地、市川歌右衛門の顔が浮かびました。
意外と美味いです。
手作りの天ぷらを載せたそばも美味いです。

 

そばに合うとなると、やはりごはんモノです。
歌舞伎と来れば、やはり、助六などのお寿司ですね。
三浦屋揚巻はないですから、海苔巻きです。
イメージ 2

今や高値の鰻を使った「うなきゅう」と播州穴子を使った「あなきゅう」、創作の揚げ玉使った「てんきゅう」です。(関西では、揚げ玉と言わずに、天かすと言います)
ここで、揚げも入りました。
形の変わった助六です。

 

うなぎも、穴子も、きゅうりも大好きです。
創作の「てんきゅう」も悪くはないです。
添えの紅しょうがは、我が家で漬けた高塩の紅しょうがです。
辛いがうまいです。

 

差し入れには、天かすも頂きました。
こんな美味しい物に「かす」とは失礼です。
天かすをうどんやそばに入れると、ハイカラという名前が付くことがあります。
いいネーミン具です。

 

日曜の家で頂く昼こばんにして、贅沢な食事です。
うーん、余は満足じゃ・・・、苦しゅうない。

 

こんな豪勢な差し入れに感謝です。
ご馳走様でした。
感謝感謝です。
ゆくっりとして日曜の昼です。

 

こんな時は、あれがあればと思うはずです。
「あれやがな」って、吉朝さんの落語「ふぐ鍋」みたいでしょう。
それは、明日の記事にとって置きます。

 

日々の暮らしの中に、ささやかな幸せがあります。
私は、ありがたいことに、仏縁を頂けています。
感謝というメガネを掛ければ、いろんなことが幸せに見えます。
ありがたいと感謝しています。

 

心の三毒を廃し、心静かに安穏に暮らしたいです。

 

今日も一日、私も世の中も、平穏無事に過ごせますよう、祈るばかりです。

 

最後まで、美味しい物を九郎た話に、お付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。